創業者間契約の勧め

August 17, 2021

執筆者:弁護士 江上 裕騎

(目次)

1 スタートアップ企業と創業者間契約の重要性

2 創業者間契約とは

3 創業者間契約のポイント

⑴ 買受人の設定

⑵ 買取価格の設定

⑶ その他の条項

4 終わりに

 

 

1 スタートアップ企業と創業者間契約の重要性

 複数人で起業したスタートアップ企業においては、様々な理由で、創業メンバーの一部が道半ばで離脱することが珍しくありません。

 これから起業しようという段階では、創業メンバーの離脱は想像したくもないことだと思いますが、創業メンバーが離脱する場合に、その離脱するメンバーが持っている株式をどうするかをあらかじめ決めておかないと、メンバーが株式を持ったまま離脱してしまった結果、その後のM&Aの障害となる等、様々な問題が生じる可能性があります。

 そこで、起業の段階で、以下のような点に留意したうえで創業者間契約を締結することが重要です。

 

2 創業者間契約とは

 創業者間契約とは、創業者が複数人いる場合に、そのうちの一部のメンバーが会社を離脱することになったとき、残されたメンバー等が離脱するメンバーの株式を買い取ること等をあらかじめ合意する契約をいいます。

 この契約を適切な内容で締結しておくことで、メンバーの一部が離脱する際に、株式を引き渡すことを拒否されたり、会社にとって都合の悪い第三者に株式を譲渡されたりすることを防止できます。

 メンバーが離脱した場合に誰がその株式を買い取るのか、いくらで買い取るのか等は、契約の内容として原則として自由に定められますので、インターネット上で見受けられる雛型をそのまま利用するのではなく、自社にあった契約内容を検討して、契約書を作成すべきです。

以下、どのような契約内容が自社にあっているのかの検討のポイントを簡単にご説明します。

 

3 創業者間契約のポイント

⑴ 買受人の設定

 離脱するメンバーの株式を誰が買い取るかを検討するにあたっては、創業者の人数、株式の保有状況等を考える必要があります。

ア 創業者が二人の場合

 創業者が二人の場合、一方が離脱した他方の株式を買い取るというシンプルな内容とするのが一般的です。

 また、残ったメンバーが、買受人を指定し、その人に買い受けさせることができると定めることも可能です。実際にメンバーが離脱したときの残ったメンバーの財産状況等にあわせて残ったメンバーが、自身で買い受けるか、第三者を指定して買い受けさせるか選択できるように定めておくことをオススメします。

イ 創業者が三人以上の場合

① 創業者の一人が大部分の株式を保有している場合

 例えば、Aが90%の株式を保有しており、B、Cが5%ずつ株式を保有しているような場合です。

上記のように、創業メンバーの一人が大部分の株式を保有しており、他の創業者は少数株主という場合には、大部分の株式を保有している創業者が代表取締役社長として、実質的にも会社を支配しているはずです。

 そのような場合には、例えば、Bが脱退したときに、残りのメンバーの平等性を重視する必要性もあまりなく、既に会社を支配しているAが、少数株主である他の創業者の株式を買い取る旨を定めておく場合が多いでしょう。

 なお、大部分の株式を保有し、まさに事業の中心人物である創業者としては、自身が途中で離脱することはあまり想定しないでしょうが、大部分の株式を保有している創業者が離脱する場合に誰が株式を買い取るかを定めることも可能です。

② 創業者の間で持株比率に大差がない場合

 例えば、Aが40%(40株)、Bが30%(30株)、Cが30%(30株)の株式を保有しているという場合です。

 この場合の定め方は様々ですが、離脱した一人の株式を、残りの創業メンバー二人が持株比率に応じて買い取るという定めを置くのが、平等で一般的な内容です。

 例えば、上記のケースでBが離脱する場合、

  A:30株×4/7=17株

  B:30株×3/7=13株

 となります。なお、実際には端数が発生しますので、端数が発生する場合にどのように処理するかも、創業者間契約で明記しておく必要があります。

 

 

⑵ 買取価格の設定

 当事者間の契約ですので、価格は自由に決められますが、メンバーが離脱するときになって価格で揉めないために、創業者間契約の契約書で、はっきりとした金額をできる限り争いなく導き出せる算定方法を定めておくのが良いでしょう。

 価格の定め方としては、たとえば、①離脱するメンバーが当該株式を取得した価格、②帳簿上の純資産価額を発行済株式総数で除した価格、などが考えられます。また、直近の増資の際の評価額を基準とすることも考えられます。

 

⑶ その他の条項

ア 譲渡禁止

 会社法上、定款の定めにより、株式の譲渡に株主総会(取締役会を設置している会社では取締役会)の決議を必要とすることは可能ですが、定款の定めとは別に、創業者間契約で、他の創業メンバーの承諾なしに、株式を第三者に譲渡することを禁止することを定めることも有効です。

 このような定めがないと、複数のメンバーが同時に離脱する場合等に、創業者の人数や持株比率によっては、株主総会や取締役会で過半数の決議を経て、残るメンバーにとって好ましくない第三者に株式を譲渡されるような事態も考えられます。

 なお、注意点として、創業者間契約は、あくまでも個人間の契約ですので、定款の定めによる譲渡制限とは異なり、禁止に違反した譲渡であったとしても、第三者への株式の譲渡を無効とすることができるわけではありません。

 そのため、譲渡禁止に違反した場合の効果(たとえば、違反した場合に、他の創業メンバーが買取請求できることにする等の方法が考えられます)についても工夫して契約内容に盛り込むことが望ましいでしょう。

イ ベスティング

 べスティング(Vesting)は、一定の時期の経過に応じて権利を確定させる条件をいいます。

 創業者間契約でいえば、例えば、一定期間会社に在籍していたことを条件として、離脱するメンバーは、一定割合・一定数の株式を保有したまま離脱することができるようになる(=他のメンバーが、その分の株式の売渡しを請求することができなくなる)という内容が考えられます。

このような契約条項は、海外のスタートアップにおいては、優秀な人材の確保のために、設定されている例も多いようです。

しかし、冒頭に記載したとおり、離脱するメンバーが株式を保有していた場合、様々な問題が生じる可能性がありますので、このような契約条項を設定するかどうかは慎重に検討すべきです。

ウ 競業避止義務

 株式の譲渡とは無関係ですが創業者間契約において、競業避止義務を定めることも一般的です。

 競業避止義務とは、会社が行う事業と競合する事業を行うことを行ってはならないという義務です。創業メンバーが、会社とは別途、個人的に会社と競合するような事業を営んでしまうと、会社の潜在的な利益が減少することになりかねませんので、多くの場合禁止・制限されます。

 なお、競業避止義務は、職業選択の自由を制限するものですので、期間の限定等をすることなく、包括的に競業避止義務を課す契約を締結した場合、当該契約は公序良俗に反するものとして、無効となる可能性があります(民法90条)。

そのため、期間や地域を限定する等して、過度にならない範囲で競業避止義務を設定することが重要です。

 

4 終わりに

 今回は、創業者間契約についてご紹介しました。

 脱退したメンバーが株式を保有したままになり、当該メンバーが最後までM&Aに反対して株式を売却せず、M&Aが頓挫してしまう、というような最悪の事態を回避するためにも、はじめにしっかりと契約しておくことが大切です。

 

以上