ベンチャー企業における業務委託契約のポイント

March 22, 2022

執筆者:弁護士 松山 領

(目次)

1 業務委託契約とは

2 業務委託契約の法的性質

3 業務委託契約書の内容と注意点

 ⑴ 業務委託契約の条件が一方的に自らに不利なものではないか 

 ⑵ 委託業務の内容と報酬の定めの注意点

 ⑶ 秘密保持に関する定め

 ⑷ 個人情報の取扱いに関する定め

 ⑸ その他、IPOやM&Aを予定しているベンチャー企業の注意点

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1 業務委託契約とは

 業務委託契約とは、他の第三者に業務を委託することを内容とする契約をいい、業務を委託する側(委託者)と当該業務を受託する側(受託者)との間で締結されます。

 業務委託契約は、企業の行うべき業務が極めて多様化している現代社会においては、最も頻繁かつ多く締結する契約類型の一つであるといえます。

 そこで、今回は、業務委託契約のポイントを、ベンチャー企業特有の視点も踏まえながら、簡潔に解説していきます。

2 業務委託契約の法的性質

 業務委託契約は、役務提供を目的とした契約であるため、民法の請負契約(民法632条)又は(準)委任契約(民法643条、同656条)(あるいは両者の中間的な)としての性質を有します。

 ある業務委託契約が、請負契約型か、あるいは、委任契約型かは、当該業務委託契約が仕事の完成を目的とするか否か、すなわち受託者が仕事を完成させる義務を負うか否かによって分けることができます。

 例えば、業務委託契約の内容が製品の生産を他社に委託するものである場合、製品の生産を受託した会社は、契約に定められた品質・性能・量の製品を、定められた納期までに完成させる義務を負いますので、この業務委託契約は、請負契約型といえます。

 他方、業務委託契約の内容がコールセンター業務を他社へ委託するものである場合、コールセンター業務は、一定期間コールセンターの事務を処理するものであり、特定の仕事を完成させるものではありませんので、仕事の完成義務を負うものとはいえず、委任契約型といえます。

 そして、特定の業務委託契約が請負契約か委任契約かを峻別することは、以下のような意義を有します。

 ⑴ 我が国の民法においては、契約自由の原則が採用されておりますので、その内容等が法令等に抵触しない限り、契約当事者の合意によって、合意に基づいた法律上の効果(=権利義務の発生等)が発生します。

 他方、契約において、当事者の合意が無い部分、すなわち、契約に定めのない部分は、民法のルールに従って判断されることになります。

 このことから、業務委託契約が請負契約型である場合、契約に定めのない部分については、民法の請負契約に関するルール(民法632条~642条)が適用されます。他方で、業務委託契約が委任契約型である場合、契約に定めのない部分については、委任契約に関するルール(同643条~656条)が適用されます。

 民法における請負契約に関するルールと委任契約に関するルールは、その内容が大きく異なっている部分がありますので、業務委託契約書において契約に定めのない部分は、業務委託契約が請負契約型か委任契約型かによって、異なったルールに従って判断されることになります。

 以下、委任契約型か請負契約型かによって帰結が異なるルール及びその注意点をいくつか紹介します。

 ⑵ 契約の解除に関するルール

 民法上の委任契約のルールによると、契約当時者双方は、いつでも、自由に契約を解除することができます。これは、委任契約がお互いの信頼を前提に成立しているため、その信頼が無くなった場合には、もはや契約を存続させる必要はなく、自由に契約の拘束から解放するべきという考え方に基づきます。

 他方、請負契約のルールでは、基本的に契約当事者は、自由に契約を解除することはできません。委任契約と異なり、お互いの信頼はそこまで重要ではなく、むしろ、請負契約では、特定の仕事の完成という目標がありますので、自由に契約を解除できるとすると、各当事者において弊害が生じるからです。

 このことから、委任契約型の業務委託契約を締結する場合、解除に関するルールの定めがなければ、解除に関するルールは、民法のルールに従うこととなりますが、その場合、当事者はいつでも自由に契約を解除できることとなってしまいます。

 したがって、相手方から自由に業務委託契約の解除をされてしまうと自社の業務に重大な支障が発生する場合、業務委託契約においては、解除に関するルール(=解除ができる場合を具体的に定め、それ以外では解除はできないことを規定する条項)を定めなければなりません。

 ⑶ 再委託に関するルール

 民法上の請負契約のルールによると、請負人は一定の仕事を完成させれば良いので、再委託(=下請けを使うこと)は自由にできます。

 他方、委任契約のルールでは、再委託に関し、受託者の許可がある場合か、やむを得ない事由がある場合でなければ、受任者は再委任することができません。これも、委任契約は当事者の信頼を前提とする契約である、という考え方に由来します。

 このため、委託者として、請負契約型の業務委託契約を締結する場合に、機密情報の保護や情報管理の観点から相手方に再委託をされたくない場合、再委託を制限する条項を定める必要があります。

 他方で、受託者として、委任契約型の業務委託契約を締結する場合に、再委託をする必要がある場合(=下請けを使いたい場合)、業務委託契約において、再委託をすることができる条項を定める必要があります。

 ⑷ 以上の例のように、業務委託契約が委任契約型か請負契約型かによって注意するべきポイントが変わります。実務上、業務委託契約が委任契約型か請負契約型か判別することが困難な場合も少なくありませんが、業務委託契約を締結する場合、上記のような視点を持って、締結する業務委託契約において自らにリスクがないか否かを検討する必要があります。

3 業務委託契約書の内容と注意点

 業務委託契約を締結する場合、当然ながら、業務委託契約書を作成することになります。この場合、自ら業務委託契約書を作成し、または相手方から提示されたた契約書を使用することになりますが、漫然とひな形を流用し、あるいは相手方の提示した契約書に押印してしまうと、重大な問題の発生につながりかねません。

 そこで、ベンチャー企業側の担当者として、業務委託契約書を締結するにあたって、どのような点に気を付ける必要があるか見ていきたいと思います。

 ⑴ 業務委託契約の条件が一方的に自らに不利なものになっていないか

 ベンチャー企業は、企業規模としては小さいものが多いため、業務委託契約の締結においても、相手方との力関係から不利な契約条件が示されてしまうことがあります。

 そこで、相手方から業務委託契約のひな形が提示された場合、受託する業務の内容及びその対価が自らにとって一方的に不利なものになっていないか、想定されている業務が現実的に実現可能か、契約のスキームの中に自社の存続が危ぶまれるような重大なリスクが潜んでいないか慎重に検討し、場合によっては、契約書の条項の修正の提案をする必要があります。

 ⑵ 委託業務の内容と報酬の定めの注意点

 先に述べた通り、業務委託契約を締結した場合、受託者は委託された業務を処理、遂行または完成させる義務を負い、委託者は委託業務の対価を支払う義務を負います。

 そこで、業務委託契約書には、①委託(受託)する業務の内容の定め、②報酬の定め、が最も基本的な条項として記載されます。

 もっとも、業務委託契約で取り扱われる業務は多種多様ですから、上記①の内容も多種多様なものが想定されます。このことから、自社で業務委託契約書を作成したり、契約の相手方から送られてきた契約書案の内容を検討したりする場合、対象となる業務の内容を十分に理解し、想定している業務内容が契約の条項に適切に反映されているか慎重にチェックしなければなりません。

 ⑶ 秘密保持に関する定め

 ベンチャー企業は、先進的なアイデアや営業のノウハウによって新たな価値を創造したり、市場における競争優位性を獲得したりすることによって、企業の成長を図ることが多く、これらのアイデアやノウハウは極めて重要な意味を持ちます。

 しかし、業務委託契約の内容によっては、ベンチャー企業が保有するこれらのアイデアやノウハウを相手方に開示せざるを得ないことがあります。この場合、秘密情報の取り扱いを慎重に取り決めておかないと、これらのアイデアやノウハウが流失してしまい、アイデアが新規性を失ってしまったり、市場における競争優位性を失ってしまったりする事態になりかねません。

 そこで、業務委託契約を締結する際に、相手方に対し開示をせざるを得ない秘密情報がある場合には、業務委託契約書において、秘密保持に関する定めをきちんと規定する必要があります。

 特に、秘密情報としたい特定のアイデアやノウハウが明確に存在する場合、秘密情報の範囲を書面で指定するものと定めたり、契約書において具体的に秘密情報の範囲を指定したりすると、より実効的に秘密情報を保持することができます。

 なお、秘密保持に関する定めは、上記⑵において解説した「委託業務の内容と報酬の定め」とは異なり、業務委託契約を超えた他の契約においても共通で定められる条項であり、このような条項を「一般条項」といいます。

 ⑷ 個人情報の取扱いに関する定め

 成長中のベンチャー企業にとって、レピュテーションリスクは可能な限り減らしておく必要がありますので、委託業務において個人情報を取扱うことが想定されている場合、個人情報の取扱い、個人情報漏洩に関する対応や監督を契約書に明確に記載しておく必要があります。

 ⑸ その他、IPOやM&Aを予定しているベンチャー企業の注意点

 業務委託契約書において契約当事者の競業避止義務が記載されている場合あります。

 しかし、競業避止義務は、ベンチャー企業のビジネスを制約するものであり、IPO審査やM&Aのデューデリジェンスで問題として指摘されることがあります。このため、IPOやM&A等のイグジットを想定しているベンチャー企業においては、競業避止義務を受け入れるか否か慎重な判断が必要になります。