スタートアップ企業が注目すべき会社法改正(2021年改正)

May 18, 2021

執筆者:弁護士 江上 裕騎

(目次)

1 会社法改正の概要

2 取締役の報酬の決定に関する改正

3 役員等賠償責任保険(D&O保険)に関する規律の整備

4 会社補償に関する規律の整備



1 会社法改正の概要

 2019年12月に「会社法の一部を改正する法律」が成立し、2021年3月1日から、改正会社法が施行されました(一部の規定は、2022年から施行予定です。)。これに合わせて、会社法施行規則も改正されています。

 会社法や会社法施行規則の改正内容は、多岐にわたります。

上場会社等の大企業のみに適用される規定に関する改正が多いですが、今回の改正には、未上場のスタートアップ企業にも関係のある内容も含まれています。

法律違反とならないように、新しい規制をチェックする必要があるのは当然ですが、それだけではなく、後述する会社補償のように、今回、新しく法律で定められたことにより導入を検討しやすくなった制度もありますので、一度内容を確認して、新しい制度を取り入れることも検討してみてはいかがでしょうか。

以下、会社法の改正内容について、特にスタートアップ企業に関係があると思われるものにしぼって、簡単にご紹介します。



2 取締役の報酬の決定に関する改正

 ⑴ 株式・新株予約権の上限の定め

  取締役の報酬として株式等を付与する場合には、株主総会で、付与する株式等の数の上限を定めなければならないことが明文で定められました(会社法361条1項3号、4号、5号)。

より具体的にいえば、取締役の報酬として自社の株式や新株予約権を付与する場合には、付与する株式・新株予約権の数の上限について、定款または株主総会決議で定めなければならないこととされています(会社法361条1項3号、4号)。

また、株式や新株予約権自体を報酬とするのではなく、株式や新株予約権と引換えに払い込むための金銭を報酬とする場合にも、取締役が払い込みと引き換えに受け取る株式や新株予約権の数の上限について、定款・株主総会決議で定めなければならないことになっています(会社法361条1項5号イ・ロ)。


⑵ その他の定め

  株式や新株予約権等を報酬とする場合には、その数の上限以外に、会社法施行規則で定められている事項も、必要に応じて株主総会で定めなければならないことになっています(会社法施行規則98条の2、98条の3、98条の4)。

例えば、①一定の事由が発生するまで、報酬として交付した株式を他人に譲り渡さないことを取締役に約束させる場合や、②一定の事由が発生したときに、報酬として交付した株式を会社に無償で譲り渡すことを取締役に約束させる場合には、そのような約束をさせること及びその「一定の事由」の概要を、株主総会で決議しなければならないことになっています(会社法361条1項3号、5号イ、会社法施行規則98条の2第1号及び第2号、98条の4第1号及び第2号)。


⑶ 説明義務の範囲拡大

  改正により、取締役の報酬に関する議案の内容について、取締役が株主総会で説明する義務を負う対象範囲が広げられました。

 具体的には、改正前は、金額が不確定な金銭報酬や、金銭ではない報酬を定める議案を提出した場合のみ、議案を提出した取締役が、その議案の内容が相当である理由を説明しなければならないこととされていましたが、改正後は、金額が確定している金銭報酬を定める議案を提出する場合にも、議案を提出した取締役が、株主総会で、議案の内容が相当である理由を説明しなければならないことになりました(会社法361条4項)。



3 役員等賠償責任保険(D&O保険)に関する規律の整備

⑴ 概要

  今回の改正で、役員等賠償責任保険(D&O保険)に関する規定が新たに設けられました(会社法430条の3)。

  役員等賠償責任保険(D&O保険)は、取締役、監査役などの役員等が、会社の職務を行うに当たって損害賠償責任を負う場合に備えて、会社が、役員等のために契約する賠償責任保険です。

  役員等賠償責任保険には、会社が優秀な人材を確保しやすくなるという効果や、会社を運営する中で損害賠償責任を負うことを役員が過度に恐れて業務執行に委縮してしまうことを防止するという効果があると言われています。

  優秀な人材を確保することが重要なスタートアップ企業の皆様においても、今回の改正で定められた手続をしっかりと履践した上で、役員等賠償責任保険契約を締結することを検討してみてはいかがでしょうか。


⑵ 手続について

  役員等賠償責任保険契約の内容は、株主総会(取締役会設置会社の場合には、取締役会)の決議で決めなければならないこととされています(改正法430条の3第1項)。


⑶ 役員への課税の有無について

  D&O保険では、会社が、役員のために保険料を支払うことになります。

  そうすると、会社から役員に対して経済的利益(保険料)が供与されているようにも思われるため、役員に所得税の課税が生じるのではないか、という疑問がありました。

  この点については、会社法改正に伴い、経済産業省が、国税庁に対し、課税の有無を確認し、その結果を公表しています。それによると、「会社が、改正会社法の規定に基づき、当該保険料を負担した場合には、当該負担は会社法上適法な負担と考えられることから、役員個人に対する経済的利益の供与はなく、役員個人に対する給与課税を行う必要はない。」とされています(「令和元年改正会社法施行後における会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて」(https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/200930doinsurance.pdf)参照)。

  したがって、改正後の会社法の規定に基づいて役員等賠償責任保険を締結する場合には、給与課税の問題は気にすることなく、会社が保険料を負担することができます。



4 会社補償に関する規律の整備

⑴ 会社補償とは

  これまでは明確な規定がなかった会社補償について、新しく規定が設けられました(会社法430条の2)。

  会社補償とは、役員が、第三者等から責任を追及された場合に、その責任追及から身を守るための弁護士費用等の費用や賠償金を、会社が役員に対して補償することをいいます。

  このような会社補償を予め定めておけば、役員は、就任前に、将来のリスクを適切に判断することが可能となります。これにより、役員となる優秀な人材を確保し、適切な職務執行へのインセンティブを与えることが期待できます。


⑵ 役員等賠償責任保険との違い

  会社補償は、役員等賠償責任保険(D&O保険)とカバーする範囲が重なる部分もあります。

  しかし、役員賠償責任保険では、保険会社の定める保険の内容として、保険の適用ができない場合(免責事由)が定められていたり、支払限度額等が決まっているために、全額を填補できなかったりすることがあります。

  これに対し、会社補償は、役員等賠償責任保険が適用されない場合や保険の支払限度額にかかってしまう場合でも、補償が可能な場合があります。


⑶ 規制内容の概要

  会社補償は、下の表のとおり、一定の要件や制限のもとで、株主総会(取締役会設置会社の場合には、取締役会)の決議で、補償契約の内容を決定できることになっています。

  弁護士費用等の防御のための費用は広く補償することが認められていますが、役員の賠償金を補償できる場面は、限定されている点に注意が必要です。


以上