スタートアップ企業の労務管理

February 21, 2019

執筆者:弁護士 石田 真由美

はじめに

企業の成長に伴い、従業員を雇用することになった場合、何から始めたらよいのでしょうか、どのようなことに気をつける必要があるのでしょうか。本稿では、従業員を雇用するにあたって、最低限行っておくべき体制の整備や、気を付けるべき事項として、まずは「労働時間の管理」につき、ご説明します。

労務管理は、企業活動にとって欠かせないものであるため、厚生労働省のHP上や、労働局のHP上などで、制度の説明や書式の公開等、様々なフォローがなされています。


【従業員を雇用するにあたっての体制整備】

従業員を雇用する際には、例えば、最低限、以下のチェックリスト程度の体制の整備は行っておく必要があります。


☑労働条件の決定

従業員を雇用する際の労働条件を決定します。

企業は、従業員の募集にあたり、また従業員との労働契約締結の際に、一定の労働条件について明示する義務を負っています。


<募集時の労働条件の明示義務>

企業が従業員の募集を行う場合には、募集にあたり、従業員が従事する業務の内容・賃金・労働時間その他の労働条件を明示しなければなりません。


<労働契約締結の際の労働条件の明示義務(労働条件通知書等の交付)>

企業は、労働契約締結にあたり、従業員に対して、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければなりません。


<労働条件の決定にあたり気を付けること>

例えば、従業員に支払う1時間あたりの賃金が最低賃金法に違反していないかの確認、が挙げられます。


☑就業規則の作成・届出・周知

常時10人以上の従業員を使用する企業は、労働基準法89条各号所定の事項について就業規則を作成し、労働基準監督署へ届け出なければなりません。

もし、この作成・届出義務に違反した場合には、30万円以下の罰金刑が定められています。

作成した就業規則は、届け出るだけでは不十分です。企業は就業規則を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付すること等によって、従業員に周知しなければなりません。これも労働基準法上の企業の義務です。


☑三六協定の作成・届出

従業員に残業や休日労働をしてもらうためには、あらかじめ、企業と従業員の間でいわゆる「三六協定」を締結し、労働基準監督署に届出る必要があります。

例え、うっかりであったとしても、三六協定を締結しないまま、従業員に残業や休日労働をさせると、労働基準法に違反するほか、労働基準監督署からの指導等を受けるなどがあります。

この三六協定についても、労働局のHP上などに書式例が掲載されているので、ご参照ください。


☑労働者名簿及び賃金台帳の作成

企業は、法定の事項を記載した「労働者名簿」及び「賃金台帳」を作成し、一定期間保存しなくてはならないことになっています。

上記で触れた就業規則は、雇用している従業員の人数に応じて作成義務の有無が異なっていましたが、この「労働者名簿」や「賃金台帳」は、雇用している従業員の人数に関係なく作成する義務がありますので、注意が必要です。


☑雇い入れ時の健康診断

企業は、原則、「常時使用する労働者」(労働時間が週30時間以上でかつ1年以上の雇用見込みがある従業員のこと)を雇い入れる場合には、法が定める項目を満たした医師による健康診断を実施しなければなりません。


☑労災保険への加入

労災保険は、従業員を一人でも雇用する場合には、加入が義務付けられます。必ず、労働基準監督署において、労災保険加入の手続きを行ってください。


☑雇用保険への加入

原則(例外もあります。)、従業員を雇用保険に加入させなければなりません。ハローワークにおいて、加入手続きを行ってください。


☑健康保険・厚生年金保険への加入

健康保険・厚生年金保険は、原則、法人であれば、必ず加入する必要があります(代表者1人だけの法人でも加入しなければなりません。)。原則として全ての従業員が加入対象となりますが、雇用形態等によって加入しなくてもよい適用除外者もいますので、雇用形態等に応じて加入の要否を検討してください。


【労働時間の管理】

従業員を雇用するにあたって気を付けていただきたい事項は、挙げるとキリがありませんが、今回は、労働時間の管理を取り上げてご説明します。


従業員の労働時間の管理は、企業にとって、基本的な義務です。

労働時間の管理は、割増賃金の支払いのため、という観点からも必要なことですが、そもそもとして、従業員の健康の管理、健全な職場環境の保持、業務効率の確保といった観点からも非常に重要な意義を持ちます。

働きすぎは、従業員の健康を害することになり、労災を引き起こすことにも繋がりかねません。また、従業員に過度な負担を強いるような職場環境は、健全とはいえず、持続可能な企業活動には繋がらないといえるでしょう。


■法定されている労働時間・休憩・休日

・原則として、1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはいけません(例外もあります。)。


・労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えなければなりません。


・少なくとも毎週1日の休日か、4週間を通じて4日以上の休日を与えなければなりません。


■労働時間の把握方法

労働時間の把握方法は、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」において、以下のとおり、規定されています。

①従業員の労働日ごとの始業・就業時刻を確認し記録すること

②原則として、使用者自らによる現認、またはタイムカード、ICカード等による客観的記録により始業・就業時間を確認すること


■割増賃金の支払い義務

従業員が、時間外労働、休日労働または深夜労働をした場合には、企業は、法令の定める割増率に従った割増賃金を支払う義務があります。

・法定労働時間(1日8時間)を超えて労働させる場合(「時間外労働」といいます。)、時間外労働に対する割増賃金を、通常の賃金の2割5分以上支払わなくてはなりません。


・労働基準法で定められた法定休日(週1日又は4週を通じて4日)に労働させた場合(「休日労働」といいます。)、休日労働に対する割増賃金を、通常の賃金の3割5分以上支払わなくてはなりません。


・午後10時から翌日午前5時までの間に労働させた場合(「深夜労働」といいます。)、深夜労働に対する割増賃金を、通常の賃金の2割5分以上支払わなくてはなりません。


・割増賃金は、重複して発生することがあります。例えば、時間外労働が深夜労働となった場合ですが、この場合は、時間外労働の2割5分以上と、深夜労働の2割5分以上の合計5割以上の割増賃金を支払う必要があります。


以上