スタートアップ企業でも問題になる下請法(総論)

July 20, 2022

執筆者:弁護士 佐藤 樹

 

(目次)

 

1.はじめに

2.下請法の適用対象取引

3.下請法における親事業者の義務

4.下請法に関する調査

5.下請法違反の場合の制裁

6.まとめ

 

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1.   はじめに

 下請法は、親事業者による下請事業者に対する優越的地位の濫用行為を防止するために制定された法律ですが、多重下請けを前提にするような企業のみならず、自社で行っている業務を外注する場合にも適用される場合がある等、裾野が広い法律となっています。 

 自社で行う業務の外注は、大企業ではなくとも、スタートアップ企業でも行っていることがありますので、どこからどこまでの取引が下請法の適用対象となるかしっかりと検討することが必要です。

 また、IPOを目指している企業においては、IPO時の上場審査において下請法を含めた規制法令への抵触が無いか審査されることとなりますので、日ごろから規制法令の遵守を心がける必要があります。

 

2.下請法の適用対象取引

 下請法は、①資本金額と②取引の種別によって適用対象を定めています。

【引用】公正取引委員会ウェブページ 「下請法の概要」

 たとえば、委託元となるスタートアップ企業の資本金が1千万円超3億円以下の場合、委託先に対して、物品の製造を委託するときは、委託先企業の資本金が1千万円以下(又は個人)の場合に限り、下請法が適用される余地があるということになります。

 資本金要件次第で、下請法の適用対象となるかどうかが決まるため、資本金要件も重要ですが、シード~シリーズAの調達を行ったスタートアップであれば1千万円を超える資本金となっている場合が多くあります。

 自社の資金調達タイミングによって資本金要件への該当性が変動してきますので、自社が委託元となる場合、自社の資本金状況もよく確認する必要があります。

 一方で、委託先の資本金状況も同様に、委託先が大規模な調達を行った場合、下請法の適用対象でなくなる場合がある一方、昨今では節税の観点から資本金の大きな減資を行うケースもあるため、気づいたら下請法の適用対象となっていたということもあります。

 いずれにせよ、下請法の適用対象となるかどうかは、資本金の最新状況をよく把握しておく必要があります。最新の資本金状況は、商業登記で確認できます。

 

 下請法の適用対象となる取引種別は4種類で、①製造委託、②修理委託、③情報成果物作成委託、④役務提供委託となります。

 

①製造委託

 ⇒ 物品を製造販売している企業が、当該物品に関連する製品の製造を委託する場合はこれに当たります。

 ⇒ 注意として、「自家使用物品」の製造を委託する場合も適用対象となる点があります。たとえば、製品運搬用の梱包材を製造しているメーカーが自社で製作している梱包材を外注する場合も下請法の適用対象となります。ほかによくあるのが、ポスターやチラシなどの販促物を自社で製作している場合にこれを外注するケースです。販促物の作成(※デザインの作成は「情報成果物作成委託」の類型となります)の委託も「製造委託」となりますので注意が必要です。

 ⇒ 但し、いずれも「業として行う」(反復継続して行っており、社会通念上、事業の遂行と見ることができる場合)ことが必要となりますので、継続的に自社で行っていない業務については対象外となります。もっとも、「業として行う」ものであるか否かの判断は微妙なところがあるため、自社で行っている業務を外注する場合で、下請法適用対象取引に当たるものについては、下請法の適用対象であることを前提に対応するのが無難です。


②修理委託

 ⇒ 物品の修理を請け負う企業が、当該物品に関連する修理を委託する場合はこれに当たります。「自家使用物品」の修理を委託する場合や、「業として行う」場合にのみ適用されることは①の場合と同様です。

 

③情報成果物作成委託

 ⇒ ソフトウェアやコンテンツ等(情報成果物)の作成を請け負う企業が、情報成果物の作成を委託する場合はこれに当たります。「自家使用情報成果物」作成を委託する場合や、「業として行う」場合にのみ適用されることは①②の場合と同様です。

    たとえば、自社ホームページを自社で製作している場合に当該ホームページの作成を外注する場合は「自家使用情報成果物」の作成委託として下請法適用対象となる可能性があります。

 

④役務提供委託

 ⇒ 役務の提供を営む会社が、役務の全部又は一部を社外に委託する場合はこれに当たります。「自ら用いる役務」の場合には適用対象外となる点が①②③と異なります。たとえば、ホテル業者がベッドメイキングをリネンサプライ業者に委託する場合や、カルチャーセンターを営む事業者が、開催する教養講座の講義を個人事業主に委託する場合等は適用対象外となります。

 ⇒ なお、荷主として運送事業者に運送を委託する場合は、「自ら用いる役務」として下請法の適用対象外となりますが、この場合でも下請法と同等の規定がある、独禁法上の「特殊物流指定」として規制が掛かりますので注意が必要です。

 

3.下請法における親事業者の義務

 ⑴ 下請法の適用対象となる場合、委託元事業者には次の義務が発生します。

①書面(3条書面)交付義務

 ⇒ 発注に際して給付内容、給付を受領する期日等、定められた事項を全て 網羅した発注書面の交付が必要です。「直ちに」交付する必要があるため注意が必要です。なお、当該書面は、電磁的方法による提供も可能ですが、電磁的方法によることの承諾を別途下請事業者から取得する必要があります。

 

②書類作成・保存義務

 ⇒ 下請取引の内容を記載した書類については2年間保存する必要があります。

③支払期日を定める義務

 ⇒ 検査の有無にかかわらず、給付の日(役務提供の場合は役務提供をした日)から60日以内に支払期日を定める必要があります。

 

④遅延利息の支払義務

 ⇒ 給付の日から60日以内に下請代金の支払いをしなかった場合、60日を経過した日から実際に支払いをするまでの期間、未払金額に年率14.6%を乗じた額の遅延利息を支払う必要があります。

 

⑵ 下請法の適用対象となる場合、親事業者は次の行為を行うことが禁止されます。

①受領拒否

 ⇒ 下請事業者の責めに帰すべき事由がないのに、給付の受領を拒むことはできません。下請事業者の責めに帰すべき事由とは、ⅰ下請事業者の給付の内容が3条書面に明記された委託内容と異なる場合又は下請事業者の給付に瑕疵等がある場合、ⅱ下請事業者の給付が3条書面に明記された納期に行われない場合とされていますが、当該場合に当たるか否かについては慎重な検討が必要になりますので、安易に給付の受領を拒むことはできません。

 

②下請代金の支払遅延

 ⇒ 3条書面で定めた支払期日(給付の日から60日以内)よりも遅れて支払いをすることはできません。これは、検収が未了のため支払いが遅れる場合や、下請事業者が請求書を提出しないために支払いが遅れる場合であっても違法となるため注意が必要です。

 

③下請代金の減額

 ⇒ 下請事業者の責めに帰すべき事由がないのに、代金を減額することはできません。事例としては以下のようなものが禁止される例です。なお、下請事業者の同意があっても違法となる場合があるので注意が必要です。

・消費税・地方消費税額相当分を支払わない。

・下請事業者との間で単価の引下げについて合意して単価改定した場合,単価引下げの合意日前に発注したものについても新単価を遡及適用して下請代金の額から旧単価と新単価との差額を差し引く。

・下請代金の総額はそのままにしておいて,数量を増加させる。

・下請事業者と書面で合意することなく,下請代金を下請事業者の銀行口座へ振り込む際の手数料を下請事業者に負担させ,下請代金から差し引く。

・毎月の下請代金の額の一定率相当額を割戻金として親事業者が指定する金融機関口座に振り込ませる(ボリュームディスカウント)

 ⇒ ボリュームディスカウントについては、合理的理由がある場合には、違法な下請代金の減額に当たらないとされています。もっとも、合理的理由がある場合の考え方として、「ボリューム及び割戻金の設定に合理性があるものであって、具体的には発注数量の増加とそれによる単位コストの低減により、当該品目の取引において下請事業者の得られる利益が,割戻金を支払ってもなお従来よりも増加すること」が要求されますので適法なボリュームディスカウントと言えるためのハードルは高いです。

 

④返品

 ⇒ 下請事業者の責めに帰すべき事由がないのに、給付を受領した後、下請事業者にその給付に係る物を引き取らせることはできません。事例としては以下のようなものが禁止される例です。

  ・3条書面に委託内容が明確に記載されておらず,又は検査基準が明確でない等のため,下請事業者の給付の内容が委託内容と異なることが明らかでない場合

  ・検査基準を恣意的に厳しくして,委託内容と異なる又は瑕疵等があるとする。

 

⑤買いたたき

 ⇒ 下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めることはできません。事例としては以下のようものが禁止される例です。

  ・労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について,価格の交渉の場において明示的に協議することなく,従来どおりに取引価格を据え置く。

  ・労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストが上昇したため,下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず,価格転嫁をしない理由を書面,電子メール等で下請事業者に回答することなく,従来どおりに取引価格を据え置く。

  ・給付の内容に知的財産権が含まれているにもかかわらず,当該知的財産権の対価を考慮せず,一方的に通常の対価より低い下請代金の額を定める。

 

⑥購入・利用強制

 ⇒ 下請事業者の給付の内容を均質にする等の正当な理由がないにもかかわらず、下請事業者に親事業者の指定する物品やサービスを強制的に利用させることはできません。事例としては以下のようなものが禁止される例です。

  ・自社製品の購入を強制する。

  ・指定する第三者のサービスの利用を強制する。

 

⑦報復措置

 ⇒ 親事業者が,下請事業者が親事業者の下請法違反行為を公正取引委員 会又は中小企業庁に知らせたことを理由として,その下請事業者に対して取引数量を減じたり,取引を停止したり,その他不利益な取扱いをすることはできません。

 

⑧有償支給原材料等の対価の早期決裁

 ⇒ 親事業者が下請事業者の給付に必要な半製品,部品,付属品又は原材料を有償で支給している場合に,下請事業者の責任に帰すべき理由がないのにこの有償支給原材料等を用いて製造又は修理した物品の下請代金の支払期日より早い時期に当該原材料等の対価を下請事業者に支払わせたり下請代金から控除したりすることはできません。

 

⑨割引困難な手形の交付

 ⇒ 支払いサイトが長すぎる等、一般の金融機関で割り引くことが困難な手形を交付することはできません。

 

⑩不当な経済上の利益の提供要請

 ⇒ 親事業者が下請事業者に対して、自らのために経済上の利益を提供させることによって、下請事業者の利益を不当に害することはできません。事例としては以下のようなものが禁止される例です。

  ・協賛金や販売協力金という名目で金銭の交付を要求する。

  ・本来の委託業務の範囲ではない業務を無償で行わせる。

 

⑪不当な給付内容の変更及び不当なやり直し

 ⇒ 下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに,下請事業者の給付の内容を変更させ,又は受領後に(役務提供委託の場合は,下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした後に)給付をやり直させることにより、下請事業者の利益を不当に害することはできません。事例としては以下のようなものが禁止される例です。

  ・一方的な設計変更、要件変更等により発注内容を変更する。

  ・不明確な指示により下請事業者の給付内容が親事業者の想定と異なることになったにもかかわらず、親事業者の意図する内容で業務を無償でやり直させる。

 

4.下請法に関する調査

 公正取引委員会では、毎年定期的に事業者に対して下請事業者との取引に関する調査を行っています。かかる調査は、下請法第9条第1項に基づき行われるものとされ、報告をしない場合又は虚偽の報告をした場合には、50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。調査内容については事実に即して慎重な回答を行う必要があります。

 

5.下請法違反の場合の制裁

 罰金、勧告、指導のほか、改善報告書の提出要請や違反事業者情報の公表がなされます。公表がされた場合には企業としてのレピュテーションリスクも生じますので、下請法に違反しないよう慎重な対応が必要になります。

 

6.まとめ

 いわゆる大企業だけでなくスタートアップ企業でも下請法の適用対象となることがあり、下請法の適用対象となってしまう場合には、様々な規制があります。下請法遵守はコンプライアンスの観点からも重要なものとなりますので、取引先との関係性を定期的に見つめ直す必要があります。

以上