資本政策の考え方

August 17, 2021

執筆者:弁護士 西口 健太

1.  資本政策とは

 資本政策という言葉を聞いたことがあるでしょうか。資本政策とは、「会社の株式を、誰に、どれだけ持ってもらうか」を意味し、スタートアップにとって非常に重要な概念です。

2.  資本政策の重要性

 では、なぜ資本政策が重要なのでしょうか。

 スタートアップは、資金調達のためにエンジェル投資家やベンチャーキャピタル(VC)などからの出資を受け、それと引き換えに自社の株式を渡すことが多いです(いわゆるエクイティ・ファイナンス)。そうすると、最初は100%やそれに近かった創業者の持株比率(発行済みの全株式に対する、保有する株式の割合)は徐々に下がっていき、外部の株主の持株比率が上がっていきます。

 そして、会社法上、自社の事業を他社に売却するなどの特に重要な意思決定は、議決権を有する株主の3分の2以上の賛成が必要ですし、株式や新株予約権を発行するなどの意思決定の際にも、非公開会社の場合には議決権を有する株主の過半数の賛成が必要です。

 そうなると、創業者としては、自身の持株比率が3分の2を下回ると、自分だけで会社の重要な意思決定を行うことはできなくなります。創業者の持株比率が低くなりすぎると、会社の安定的な経営が難しくなってくる場合もあります。極端な場合には、上場時の審査で問題視され、上場に影響が出ることもあります。

 また、持株比率が低くなると、会社がM&Aや上場によりExitした場合の経済的なリターンも小さくなります。創業者の持株比率が低くなりすぎると、会社を成長させるモチベーションに影響が出ることもありえます。

 したがって、スタートアップは、エクイティ・ファイナンスを行う際には、常に資本政策を意識する必要があります。

 このような理由でスタートアップにとって重要な資本政策ですが、特に気を付けなければならない特徴として、「後になって修正することが難しい」という点があります。

 通常、スタートアップは急激な成長を目指すものですので、エクイティ・ファイナンスを行う際の企業価値評価(いわゆるバリュエーション)も、創業当初と比べると急激に上昇することがあります。そうなると、例えば既存の株主から株式を買い取って創業者の持株比率を上げようとしても、創業当初に1000万円の出資と引き換えに渡した株式を買い取るために、その何十倍という資金が必要になったり、税務上の問題が発生する可能性があります。また、株主の方も、急激に成長しているスタートアップの株式を、おいそれと手放してくれないでしょう。

 当事務所でも、資本政策に失敗したスタートアップからその修正を依頼されることがありますが、かなり思い切ったスキームを使わないと解決できないことが多いですし、そもそもそういったスキームを使える条件がそろっていないと、打つ手がないこともありえます。

 創業初期の資本政策の失敗によって、その後の成長に支障が出ることもありますので、資本政策については早い段階からくれぐれもご注意いただきたいと思います。

 

<実際にあった例>

あるスタートアップが、創業後間もなく、VCから約1000万円の出資を受け、30%近い優先株式を発行した。次のラウンドで別のVCに出資を打診したが、約30%もの株式をVCに発行してしまっている状況を問題視され、出資を断られた。既存のVCに株式の買取りを打診したが難航し、法律事務所に依頼して何とか買取りを行ったが、多大な労力と時間がかかってしまった。

 

3.  資金調達の方法とタイミング

 資金調達の方法には融資や補助金・助成金、エクイティ・ファイナンス等がありますが、このうちエクイティ・ファイナンスでは出資と引き換えに会社の株式を渡す必要があります。資金調達の方法としてこのエクイティ・ファイナンスを選択する場合、どのタイミングで、どの程度の金額を調達するか、というのはとても重要な検討課題です。

 エクイティ・ファイナンスを行う場合、基本的に、スタートアップのバリュエーションによって、何%の株式を放出しなければならないかが決まります。例えば、投資前(プレ・マネーと言います)のバリュエーションが9000万円で、1000万円の出資を受ける場合は、10%の株式を放出することになります〔1000万÷(9000万+1000万)=10%〕。一方、投資前のバリュエーションが1億9000万円なら、同じ1000万円の出資でも5%の株式を放出するだけで済みます。つまり、バリュエーションが上がれば上がるほど、少ない株式でより多くの資金を調達できるのです。

 そうなると、創業初期のバリュエーションが低い段階で多額の資金調達をしてしまうと、多くの株式を放出しなければならなくなってしまうため、資本政策上問題があるということになります。

 そのため、事業計画を立てた上で、その事業計画上必要な分だけ資金を調達し、成果を上げてバリュエーションを上げ、また必要な分だけ追加の資金調達をする…ということが、資本政策上望ましいと考えられます。シードラウンド、シリーズA、B、C…というように何度にも分けて資金調達をするスタートアップが多いのは、これが主な理由です。

   

4.  誰を株主とするか

 会社の株式を渡して株主になってもらうということは、会社の仲間になってもらうということです。誰に仲間になってもらうかというのはスタートアップにとって大変重要です。一般的には、スタートアップの株主になりうるのは以下のような人たちです。

(1) エンジェル投資家

  エンジェル投資家とは、個人でスタートアップに投資を行っている人を指します。個人ですから通常は出資額は大きくないため、資金需要がまだそこまで大きくない創業初期の段階で出資を受ける例が多いかと思います。

  エンジェル投資家にも色々な人がいますが、自身も起業して会社をEXITさせ、財産を築いたような人もいます。このような人は自身の経験・ノウハウや人脈を用いて投資先のスタートアップを支援してくれる場合もあり、創業初期のスタートアップにとっては大変貴重な存在となりえます。

  他方で、あまりに多くの個人から小口の出資を受けると、株主の数が多くなり、管理コストが膨大になることもありますので、注意が必要です。

  余談ですが、「エンジェル投資家」(ジェイソン・カラカニス著、日経BP)は、Uberなどに投資した米国の著名なエンジェル投資家が書いた本で、エンジェル投資家の視点が分かるので、スタートアップの経営者が読んでも参考になると思います。

(2) ベンチャーキャピタル(VC)

  スタートアップがエクイティ・ファイナンスを行う場合には、ベンチャーキャピタル(VC)からの調達が重要です。

  VCからの調達を検討する際には、まずそのビジネスモデルを理解する必要があります。一般的に、VCは、ファンドを組成してLPと呼ばれる投資家から資金を集め、そこからスタートアップに投資をして、スタートアップが成長したところで株式を売却してLPに資金を返します。通常、ファンドの運用期間は10年程度ですので、VCとしては、その期間内にスタートアップ企業を成長させ、IPOやM&AによるEXITまで持って行って、リターンを得る必要があります。

  そのため、VCから出資を受けるということは、基本的に、短期間での急激な成長とEXITを求められるということですので、これが自社の事業の構想と合致しているか、よく考えるべきということになります。

  また、VCによって、出資額の大きさや、フォローオン投資(追加の投資)の有無、支援のスタイル・方法などが違いますので、VCのことをよく調査し、自社のニーズに合うところを選ぶことをお勧めします。

(3) 事業会社・CVC

  近年、事業会社や、CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)と呼ばれる事業会社の投資部門ないし子会社によるスタートアップ投資が盛んになっています。調査によると、2019年におけるスタートアップ投資のうち、金額ベースで、事業会社による投資の占める割合はおよそ3割です。

 

(出典:株式会社INITIAL「Japan Startup Finance 2019」)

 

  一般的には、CVCでは、財務的なリターンだけではなく、事業会社における戦略的なリターン(新規事業の立ち上げや、研究開発の促進など)を目的とすることが多いと言えます。そのため、CVCから出資を受けると、CVCを運営する事業会社との事業上の連携を進めやすい等のメリットがあります。

  一方で、その事業会社と競合関係にある企業との連携等は難しくなることがある点には注意が必要です。

 

5.  共同創業の場合の資本政策

 共同創業者2名または数名で起業した場合には、その創業者の間でどのような割合で株式を持つかが問題になります。均等の割合で持つ場合(50%・50%など)と、いずれかに多めに持たせる場合(10%・90%など)とが考えられます。

 共同創業者間で均等の割合で株式を持つ場合、創業者同士が良好な関係にあり、事業に関する方針も一致している間には特に問題は起きませんが、仲違いをしたりすると、一気に問題が顕在化します。最悪の場合、会社の重要な意思決定が一切できなくなってしまう場合もあります。

 どういうことかと言いますと、前述のとおり、会社の重要な意思決定をするには、議決権を有する株主の3分の2ないし過半数の賛成が必要です。ここで、仮に2名の共同創業者が50%ずつ会社の株式を持っていると、どちらも過半数を取れず、会社としての意思決定ができなくなってしまうのです。

 したがって、基本的に、創業者2名で50%ずつ均等に株式を分け合うことはお勧めしません(ただし、Googleのように、共同創業者同士で均等に保有してうまくいっていたケースもあります)。

 それ以外であれば、何が正解かはケース・バイ・ケースです。米国の著名なアクセラレーターであるY Combinatorは、共同創業者間では均等かそれに近い割合で株式を分け合うことを推奨しています(https://blog.ycombinator.com/splitting-equity-among-founders/)。これに従えば、例えば49%・51%で分け合うことが考えられます。他方で、日本では、CEOが多めに株式を保有する例が比較的一般的かと思われます。経営のスピード感を確保するという観点や、責任の所在を明確にするという観点からは、CEOが多めに株式を保有することには合理性があります。いずれにしても、禍根を残さないように共同創業者間で十分に議論して決定していただければと思います。

 共同創業者間で株式を分け合う場合には、将来仲違いしたり、一方が退社する場合のことも考えて、株式の譲渡に関する創業者間契約を結んでおくことが望ましいです。創業者間契約についてはこちらの記事をご参照ください。

 

6.  ストックオプションの注意点

 創業後間もないスタートアップなどでは、高額の給与を従業員に支払うのは難しいことが多いです。しかしながら、リソースの少ないスタートアップでは人材が命ですから、優秀な人材に来てもらう必要があります。そのような観点からは、会社のビジョンに共感してもらうことも重要ですが、一定の経済的なインセンティブを与えるために、ストックオプションを従業員に与えることも一つの手段です。

 ストックオプションは新株予約権ですが、いわゆる潜在株式、つまり行使されると株式になるものです。したがって、行使されると既存株式の持株比率を薄めますし、発行されたストックオプションの数が多すぎると上場審査時に問題になることもありえます。

 適切なストックオプションの数は業種などにもよりますが、一般論でいえば、ストックオプションは累計で発行済み株式の10%程度以内を目安にすると安心ではないかと思います。

 

7.  おわりに

 資本政策はスタートアップにとって極めて重要です。また、いったん誤った資本政策をとってしまうと後戻りして是正することが難しいという特徴がありますので、ぜひ創業当初から資本政策についてはよく検討し、必要に応じて専門家のアドバイスなどを受けることをお勧めします。

 

以上