スタートアップへの出資に関する指針のポイント

June 13, 2022

執筆者:弁護士 西口健太

1.2022年3月31日付で、公正取引委員会・経産省により、「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」が策定されました。

2.スタートアップの取引慣行に関する実態調査の内容をふまえ、出資契約における問題事例やその解決の方向性が示されています。

3.特に、スタートアップの経営株主個人に株式買取義務を負担させることや、最恵待遇条項について、一定の場合には問題がありうる等の指摘がされており、今後の実務への影響が注目されます。

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1 はじめに

 最近の報道で、2021年における日本のスタートアップ企業(以下、単に「スタートアップ」といいます。)への投資額は米国のおよそ100分の1であるとのデータが示されました。日本におけるスタートアップへの投資環境は上向きつつあるものの、依然として米国などとは大きな差があります。

 このような状況を改善するため、公正取引委員会は、2020年11月27日付の「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」においてスタートアップと事業連携を目的とする事業者との間の技術検証契約・共同研究契約や出資者との出資契約における問題事例を公表しました。

 このような経緯を経て、公正取引委員会及び経済産業省は、2021年3月29日、「スタートアップとの事業連携に関する指針」を策定し、スタートアップと連携事業者との間のあるべき契約の考え方を示しました。

 その後、スタートアップへの出資に関する取引慣行の重要性をふまえて、 成長戦略実行計画(2021年6月18日閣議決定) が策定され、これをふまえて、今般、2022年3月31日付で、上記指針が改正され、公正取引委員会・経済産業省により、「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」(以下、「本指針」といいます。)が策定されました。

 本指針は以上のような経緯のもとで策定され、スタートアップへの出資に関する契約において生じる問題事例とその事例に対する独占禁止法・競争政策上の考え方を示すとともに、問題の解決の方向性を示したもので、今後の実務への影響が注目されます。

 

 本稿では、本指針のスタートアップへの出資に関する部分のうち、特に実務上重要と思われるポイントについて、以下で解説していきます。

 

 

 2 株式買取請求権

(1)株式買取請求権の行使条件

 本指針では、スタートアップが、株式買取請求権を背景に、知的財産権の無償譲渡等のような不利益な要請を受ける事例がある旨が指摘されています。

 前提として、株式買取請求権とは、スタートアップに出資者が出資する際、その投資契約において定められることが多いものです。その内容は、投資契約の違反などの一定の事由がある場合に、スタートアップやその経営株主(スタートアップの創業者など)に対して出資者が株式の買い取りを請求できるという内容が一般的です。出資者としては、株式買取請求権を定めることで、契約違反などが発生した際には株式を買い取ってもらえるようにしてリスクをヘッジすることができます。

 しかしながら、単なる「契約違反」の場合でも出資者が株式買取請求権を行使できるとすると、ごく軽微な契約違反があるだけの場合でも株式買取請求権が行使される可能性があることになります。そうすると、出資者の株式を買い取れるだけの十分なキャッシュがないスタートアップ側としては、軽微な契約違反しかないような場合でも、株式の買い取りを避けるため、本指針で挙げられているような自社にとって不利益な要請を受け入れざるを得なくなるというような事例もありえます。

 このような事態に陥ることを避けるため、本指針は、株式買取請求権の行使条件について、重大な表明保証(※投資契約においては、スタートアップの資本構成や事業の適法性などについて表明し保証することが通常です。)違反や重大な契約違反に明確に限定し、株式買取請求権の行使を示唆しての不当な圧力を阻止するべきであるとしています。また、一定の場合には、株式買取請求権を背景とした出資者からの不利益な要請は、優越的地位の濫用として独禁法上問題になるおそれがある旨が指摘されています。

 

 株式買取請求権の行使条件を適切に限定することは、これまでも実務上きわめて重要な交渉ポイントでしたが、本指針は改めてこのことを明らかにし、株式買取請求権を背景にした出資者の不利益な要請が独禁法上問題になるおそれがあることを指摘している点に意義があるものと思われます。

 

(2)経営株主個人に対する株式買取請求

 筆者が個人的に本指針において最も重要なポイントだと考えるのは、経営株主等(スタートアップの株式を保有している同スタートアップの創業者・経営者などが想定されます。)の個人に対する買取請求が可能な株式買取請求権について言及されている部分です。

 日本のスタートアップ投資実務においては、これまで、出資者は、スタートアップ本体だけではなく、そのスタートアップの経営株主に対しても株式買取請求権を行使できるという契約内容になっていることが多く見られました。これは、スタートアップ本体は会社法上の財源規制によって自己株式の買い取りができないことがあることや、特に初期のスタートアップにおいては経営株主は会社と一体に近い関係にありそのモラルハザードを防止する必要があることなどが根拠とされてきました。

 しかしながら、株式買取請求権は、ひとたび行使されると、買取額が数億円以上になることも珍しくなく、個人が負担するには非常に厳しいものです。また、経営株主個人が株式買取義務を負うというような実務慣行は、米国を含め諸外国ではあまり例がありません。

 そこで、グローバルスタンダードに対応し、スタートアップの起業意欲を向上させるという観点から、本指針は、契約違反時の株式買取請求権はスタートアップ本体のみに限定し、経営株主等の個人を除いていくことが競争政策上望ましい旨を指摘しています。

 

 この点は、日本のこれまでの実務慣行と大きく異なる内容です。本指針により実務慣行が直ちに変わるかは不透明ですが、本指針の公表後に筆者の関わった複数の案件で、(本指針の影響かどうかは断言できませんが)経営株主個人は株式買取義務を負わないという結果が見られました。スタートアップ側も、ベンチャーキャピタル・CVC(事業会社の投資部門等)などの投資家側も、今後は本指針の存在をふまえて交渉・協議を行う必要があるものと思われます。

 

3 最恵待遇条項

 最恵待遇条項とは、スタートアップが出資者よりも有利な条件で第三者に株式を発行した場合等に、出資者の契約条件を当該第三者と同等以上に有利にする旨の条項です。スタートアップへの出資における投資契約ではしばしば見られるものです。

 もっとも、ある出資者との間に最恵待遇条項があると、将来、別の出資者候補が現れた場合に、同候補が、最恵待遇条項の発動により出資者が自身と同等の条件を得ることを嫌って出資をしない、というような場合がありえます。また、最恵待遇条項の定め方によっては、どのような場合に同条項が発動するか不明確になり、法的な予測可能性が確保できないおそれもあります。

 

 本指針では、最恵待遇条項の設定が直ちに独占禁止法上問題となるものではないとしつつも、市場における有力な事業者である出資者が、取引の相手方であるスタートアップに対し最恵待遇条項を設定することは、例えばそれによって出資者の競争者がより有利な条件でスタートアップと取引することが困難となり、競争が阻害されるような場合には、拘束条件付取引として問題となるおそれがある旨が指摘されています。そのうえで、最恵待遇条項を受け入れる際には慎重に出資者との将来の関係を検討したうえで決定するべきであり、またあらかじめ交渉の場において取引条件を明確にし、対価に関する十分な協議を行うことが重要である旨が記載されています。

 最恵待遇条項は、投資契約において、契約書の末尾に近いところで、あまり目立たない形で定められていることが一般的です。本指針により、このような最恵待遇条項について意識的に検討することが重要であることが広く周知された点に意義があるものと考えます。

 

 スタートアップ側としては、特に意識しないまま最恵待遇条項を受け入れてしまうということのないよう、本指針の指摘もふまえて、同条項のデメリットも認識したうえで、出資者と協議を行うことが重要です。また、仮に最恵待遇条項を受け入れる場合でも、どのような場合に同条項が発動するのか、及び発動した場合に出資者の取引条件を有利に変更する際のプロセスをどうするのかを明確にする必要があるものと思われます。

 4 最後に

 以上、本指針における特に重要なポイントについて解説をしました。本指針には、この他にも、出資者によってスタートアップの研究開発活動が制限されてしまう事例などについても言及がされています。今後、本指針が実務に影響を与えていく可能性がありますので、スタートアップはもちろん、ベンチャーキャピタル、大企業のスタートアップ投資部門など、スタートアップ投資に関わる方はぜひ本指針全体をご一読いただければと思います。

 スタートアップへの出資に関する契約においては、実務慣行やマーケットスタンダードを理解したうえで、本指針のような最新のガイドライン等も把握して交渉・協議を行うことが重要です。当事務所は、スタートアップ側及び投資家側の双方での豊富な支援経験を有しています。ご質問等あればお気軽にご連絡ください。

 

以上