スタートアップのための特許の基本

February 21, 2019

執筆者:弁護士 布浦 直

1 はじめに

 スタートアップ企業の独創的なアイデアや技術をより効果的なものにする方法の一つに、特許があります。

 この記事では、特許とは何か、なぜ特許を取ることがスタートアップ企業にとってメリットとなるのか、どのような場合に特許を取ればよいのか、どうすれば特許を取れるのかなどといったことを、基本的なことから解説します。

 特に、研究開発型のスタートアップと特許は切っても切り離せない関係にあります。今まで「時間も費用もない」とあきらめていたスタートアップ企業にこそ、自社の「発明」を守る特許の基本を確認して、今後の知財戦略の参考にしていただきたいと思います。


2 特許とは

 ⑴ 例えば、皆様がお持ちのスマートフォンについて考えてみましょう。

 そのスマートフォンは、確かにあなたの物ですから、どのように使おうが、処分しようが、他人に譲ろうが、あなたが自由に決めることができます。

 他方で、仮に自分のスマートフォンであっても、そのスマートフォンを分解・解析して、同じ機能をもった機器を製造して売ることが許されないということは、感覚的にも理解してもらえるのではないかと思います。

 スマートフォンなどの精密機器は、数多くの技術的アイデアの結晶です。その一つ一つのアイデアに、「これは自分の発明だ」ということの法律的な裏付けを与えるのが、特許なのです。


 ⑵ 特許についてのルールが定められているのは、特許法という法律です。特許法においては、「発明」(技術的なアイデアのことです)が保護の対象とされています。

特許法において、特許権が付与されるには、特許庁での特定の手続を経る必要があると定められています。スタートアップ企業が多大な労力をかけて発明した技術も、特許権を取得する手続を経なければ、特許権として保護されないという点は注意が必要です。


⑶ 特許権の対象となる発明の種類には、①物それ自体(先ほど述べたスマートフォンの部品などの他、プログラムも含まれます。)や②方法(例えば、とある化学物質Ⅹの保存方法等が考えられます)、③物を生産する方法の3つに大きく分けられますが、近年では、ビジネス関連発明といって、ビジネス方法がICTを利用して実現された発明にまで、特許の保護範囲は広がっています。


(出展:特許庁HPhttps://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/sesaku/biz_pat.html


 ビジネス関連発明はAI(特に、データの学習に基づいて判断を下す機械学習技術)と親和性が高く、AIを活用してビジネス上の課題解決を図るケースも増えています。

 特許というと、例えば新薬についての特許や、物理的な技術、スマートフォンの部品などの製造業、つまり「モノ」をイメージされる方も多いと思います。しかし、近年、AIやあらゆるモノがネットにつながるIoTが発展してきており、「モノ」づくりから「コト」づくりへの時代へ推移しようとしています。スタートアップの中にも、シンプルな「モノ」づくりではなく、インターネットやAIを利用したビジネスで活用できるシステムづくり・サービスの提供に力を入れている企業は少なくありません。

 このような、ビジネス関連発明にも特許の保護範囲は広がってきていますので、自社の独自技術やアイデアが特許の対象となるのか、もう一度検討してみてもよいかもしれません。

 

⑷ア ところで、特許の出願をすれば、どのような発明についても特許権が付与されるわけではありません。特許権が付与される発明は、特許要件という4つの要件をクリアしている必要があります。

  イ これらの要件の中でも、特に問題となることが多いのが、①新規性と、②進歩性です。

    ①新規性は、要するに、発明が社会的に知られていないことを指します。すでに社会的に公開されている発明に、特許権という形で独占権を与えると、自由な技術の発展が邪魔されてしまうため、このようなルールが定められているのです。

 例えば、テレビで取り上げられることや、インターネット記事などで紹介されることは典型的ですが、研究論文への掲載によっても新規性は失われてしまいます。

 また、スタートアップ企業特有の問題として、産学連携の一貫で、大学から特許のライセンスを受け、その技術を利用した商品・サービスを展開する場合があります。研究者は、ビジネスや特許の権利化まで深く意識しておらず、基本技術を特許出願時より前に学会などで発表してしまうおそれがあります。このような場合、せっかくの発明が、新規性喪失により権利化できないことになりますので、共同で事業を始めるスタートの段階で、十分に注意する必要があるでしょう。

 スタートアップ企業は、ピッチイベントなどで技術等を公にする場合があると思いますが、その際も、権利化が済んでいるか否か・発表により新規性が失われないかという点は、十分な吟味が必要です。

新規性は、「不特定」の人に知られることで失われることに注意をする必要があります。

  ウ 次に、②進歩性は、既にオープンになっている技術から容易に発明できるものを、特許の対象から除くというルールです。これは、その道のプロが簡単に発明できるような発明には、特許を付与する価値がないという理由などから定められています。

  容易に発明できるか否かは、その発明についての技術的常識を有する技術者を基準に判断されます。

  エ 特許の取得にはこのような要件がありますので、創業段階において、これから開発しようとする技術が、特許要件を満たすかや、他社の特許を侵害しないかという調査は必須となります(先行技術調査)。先行技術調査は、特許公報などの文献の中から、特定の技術を調査・抽出する作業です。

  先行技術調査には、インターネットを通じて、無料で産業財産権情報の検索ができるサービスとして、「J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)」(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)を利用することができます。


3 特許取得のメリット

 以上、特許権とはどういうものか、簡単に確認をしてきましたが、おそらく、スタートアップ企業にとっての関心事は、①なぜ特許を取った方が良いのか(特許取得のメリット)、②特許を取得するにはどうすればよいのか、③特許取得にどれだけの費用が掛かるのかなどというところだと思います。以下、これらについて解説を行います。


 まず、スタートアップ企業が、自社の発明につき、特許を取得するメリットをご紹介します。

 ① 侵害者に対する対抗手段

 自社の重要な発明を他社が模倣した場合、自社の発明は市場での優位性を失いかねません。そして、仮にスタートアップ企業が特許を取得していない場合、同一の発明を独自に開発した相手方に対しては、何らの権利行使もできないことになり得ます。

 このような事態に遭遇した場合、特許権を取得していると、侵害している相手方に対し、発明の実施差止めを求め、損害賠償の請求を行うことが可能となります。これは、たとえ相手が、自社の発明を模倣したわけではなく、独自に開発した場合であっても可能であり、この点に特許権取得のメリットがあります。

   

② 他社との関係づくり

 最近では、オープンイノベーションが進み、大企業がスタートアップの独自の技術・アイデアに注目して、協業を進めることも多くなっています。特許として出願すると、自社の技術は公開されることになりますが、この公開によって、スタートアップ企業と大企業との接点のきっかけになることも多くあります。


 ③ ライセンスフィーの取得・他社技術の使用許諾の獲得

自社の特許を、他社にライセンスすることで、ライセンスフィーを得られます。特許の内容が独自かつ有用であるほど、特許の価値は高まり、ライセンスの内容を決める交渉を有利に進めることが可能です。

 また、スタートアップ企業が既存の市場に参入する際、他社の特許を利用せざるを得ない場面もあります。その場合、自社の特許を、他社の特許についてのライセンスを受けるための材料としても利用できます(互いにライセンスを与え合うことを、クロスライセンスといいます)。


 ④ 資金調達やM&Aを有利に進める

 特許出願を行うことにより、自社の発明は特許権という明確な権利として確定します。

 スタートアップ企業は、VCからの出資を受けたり、大企業に買収されたりする場合も多く、特にM&AによるEXITを目標にしているスタートアップも多くあるでしょう。

 投資や、M&Aの前提として、取引の相手は、スタートアップ企業に投資をする価値があるのか、あるいは安全に買収を進められるか、様々な要素から検討を行います(財務、法務など)。これをデューデリジェンス(いわゆるDD)といいます。この中で、スタートアップが保有する知的財産の価値や、知的財産から生じ得るリスク等も評価の対象となります。

 もしスタートアップの技術的アイデアが特許として権利化されていない場合、知的財産のDDを行う者にとって、技術的アイデアの内容が具体的に明らかになりにくく、紛争リスクを大きめに評価せざるを得ないため、投資そのものが破綻したり、M&Aの具体的条件においてスタートアップ側に不利に働く可能性があります。

 このような不都合は、特許として明確なかたちで自社の発明を権利化することにより、回避することができます。また、別記事において紹介している日本政策金融公庫の融資を受ける場合、特許権を取得していることで、条件の良い融資を受けられる可能性があります。


4 特許取得の手続の流れ・特許取得にかかるコスト

 ⑴ 手続の流れについて

   特許権を取得するための出願手続については、以下の図が参考になります。

  (出典:特許庁HPhttps://www.jpo.go.jp/system/basic/patent/index.html#04


 特許を出願してから1年6か月後、発明は一般に公開されることになります(出願公開)。

 また、特許を出願された発明が、特許として登録されるには、特許庁の審査官による実態審査をクリアする必要があります。この審査請求は、特許を出願してから3年以内に行う必要があり、期限内に審査請求が行われなければ、出願は取り下げられたとみなされます。


 ⑵ コストについて

 特許庁に支払う必要がある費用についても、上図に記載がありますが、4年目以降の登録料を含めた費用は、以下の通りです。

 ※ 請求項は、保護を受けたい発明を説明する文書のことです。複雑な特許であるほど、請求項は多くなるので、その分費用も上がる仕組みになっています。

 ※ 特許権の存続期間は、原則として、特許出願の日から20年で終了します(一定の要件を満たす場合は延長登録出願により存続期間を延長できます)。

 ※ 中小企業、個人、大学等は、審査請求料と登録料(第1年~第10年分)について、一定の要件を満たした場合、減免措置が受けられます。https://www.jpo.go.jp/system/process/tesuryo/genmen/genmensochi.html


 また、特許の出願を弁理士に依頼をして行う場合、特許庁に支払う費用の他に、弁理士費用が必要になります。


5 特許戦略について

 どのような特許を取得するかということは、スタートアップ企業の事業戦略と密接に関わります。

 例えば、特許の範囲を広く設定すればするほど、他社の参入を防ぐことにはつながりますが、上記でみたとおり、それに対応する費用が必要になります。

 他方、将来の事業計画を見据えず、基本特許のみを取得した場合、競合他社が代替手段を用いて参入するおそれがあります。

 また、前述のとおり、特許は、通常出願から1年6か月後に、出願情報(技術の情報を含みます。)が公開されますので、競合他社にこれらが知られてしまうというデメリットがあります。特許権として保護を受けるとしても、プログラムやソフトウェア関連特許等は、ソースコードの入手がネックとなって、侵害されていることを立証すること自体が困難な場合もあります。特許権によって技術の保護を図るか、一切公開しないノウハウとするかも、技術の性質や事業内容・競合他社の参入可能性等を考慮し、検討する必要があります。

 海外展開を見込んでいるのであれば、進出予定の国での特許出願を検討する必要もあります。

 このように、特許は、スタートアップ企業の今後の事業が適切に反映されたものになっている必要があり、そのためには、経営の側面・知的財産の側面の両面からの検討が必須です。その意味で、スタートアップ企業には、弁護士・弁理士などの知財専門家の支援が欠かせません。

  なお、スタートアップを知的財産の側面から支援する動きは非常に活発で、例えば特許庁もポータルサイト(https://ipbase.go.jp/)を開設しており、参考になります。


6 まとめ

 以上見てきたとおり、独自の技術・アイデアが命ともいえるスタートアップ企業にとって、特許は重要な役割を果たし、適切に特許を取得できた場合のメリットは多大です。

 特許を取得するか否か・どのような特許を取得するかについては、今後そのスタートアップ企業がどのような技術でどのように活動をしていくのか、どのようなゴールを見据えていくのかを踏まえて検討する必要があります。

 「うちに特許なんて関係がない」と考えていたスタートアップ企業でも、特許の取得が大きいメリットを生み出す可能性があります。ぜひ、知財専門家にも相談の上、特許を絡めた事業戦略を再考してみてください。

以上