オンライン診療に関する法的知識

August 18, 2021

執筆者:弁護士 浅川 敬太

(目次)

 1 オンライン診療について

 2 医師法20条との関係における問題点

 3 オンライン診療を行う場合の留意点

 4 新型コロナウイルス感染症拡大に関連した特例措置について

 5 「オンライン受診勧奨」と「遠隔健康医療相談」との区別

 6 「遠隔健康医療相談」と医師法17条の抵触問題

 

1 オンライン診療について

  この数年来、情報通信機器の急速な普及とその技術の発展に伴い、オンライン診療(遠隔医療のうち、医師-患者間において、情報通信機器を通して患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為をリアルタイムにより行う行為)への関心が高まっていました。

  患者から見れば、オンライン診療を利用する場合、実際に病院等まで出向く必要がなく、自身の都合にあわせて自宅や職場などで診察を受けることができるという利点があります。一方、医療機関側から見ても、たとえば診療スペースを省略できたり、病院待合室の混雑等を回避できるといった利点があり、双方にとって有用なツールとして、世間の認知度も高まっているように思われます。

  そのような中で、昨今の2020年のCOVID-19の感染拡大が重なり、医療機関等での感染を防止するという目的が新たに重要視されるようになりました。これにより、現在(2021年4月現在)、オンライン診療の活用をすすめる必要性はさらに高まっているようです。

 

2 医師法20条との関係における問題点

  さて、とても便利に思えるオンライン診療ですが、これまで無制限に利用されていなかったのは、「医師法20条」との抵触問題が懸念されてきたからです。

  医師法20条
 医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。(略)

 

  この医師法20条の規定は、いわゆる「無診察治療の禁止」(=「対面診療の原則」)を定めていますが、これは、現実に診察されないことによって、患者の病名・病状に対する判断の正確性を欠き、適正な治療が行われなくなり、患者に危険が生じることを防止しようとするためのものです(加藤良夫・実務医事法[第2版]529頁)。このような考え方のもと、オンライン診療については、(主に診療報酬というチャンネルを通じて)これまで、いささか抑制的に運用されてきました。

  とはいえ、オンライン診療を支える情報通信技術のさらなる発展やオンライン診療を必要とする声の高まりから、厚生労働者は、2018(平成30)年3月に「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(令和元年7月一部改訂、以下「本指針」といいます。)を公表しました。本指針では、オンライン診療の安全性を担保するために必要な事項を「最低限遵守すべき事項」として列挙し、医師法20条との抵触を回避するために必要な項目を示しています。平たくいえば、本指針を遵守していれば当該オンライン診療行為は医師法20条(無診察治療の禁止)に抵触しないことを明らかにしています。

なお、同時期の診療報酬改定においては、オンライン診療に対する診療報酬も導入され、オンライン診療の普及という点では、重要な潮目の変化となりました。

 


▼ 臨床医の立場から
 オンライン診療と医師法20条の抵触に関する問題意識の根本は、「本当にオンライン診療で、正しい診断・治療ができるか?」という点です。
たしかに、実際の臨床でも、患者から聞く情報(主訴や現病歴)限りでは特に問題はないが、実際に診察室に入ってきた患者の様子をみると、息が浅かったり、青白い顔をしていたりして何か具合が悪そうなサインがあり、あわてて検査をしたところ、直ちに入院しないといけない病気が見つかるということがよくあります(毎回毎回、こわい思いをします。)。
さらに、多くの臨床医が大切にしている「バイタルサイン」の情報がないという点も気になります。「バイタルサイン」とは、血圧・脈拍・呼吸数・酸素飽和度・体温・意識状態等の生命徴候をいいますが、これらに異常があれば、さらなる検査をして、場合によっては迅速な治療介入が必要になります。ですので、バイタルサインを医師が適切に把握できないオンライン診療というのは、その意味で、重症性の判断に困難性を伴うと思われます。
一般的に診療というものは、「問診→身体診察(バイタルサインの測定を含む)→各種検査→診断→治療」という流れで行われます。このフローは、けして一朝一夕に形成されたものではなく、安全で正確な診療をするためにまさに合理的であるからこそ、一般化されているのでしょう。
今後オンライン診療が拡大するためには、IoT機器を用いるなどしてバイタルデータを計測し、オンライン診療でも活用できるような仕組みが重要になるでしょう 。

 

 

 

3 オンライン診療を行う場合の留意点

  本指針に規定された「オンライン診療に実施にあたり遵守すべき事項」の要点を紹介すると、次の図表①のようになります。

 

 

  これらの事項を遵守することで、オンライン診療と医師法20条との抵触問題について、医療者及びオンライン診療システムを提供する事業者は、ひとまず、そのリスクを回避できるようになりました。本指針は、厚生労働省のホームページ内からも確認することができ、そこでは「オンライン診療の適切な実施に関する指針に関するQ&A」も作成されていますから、これらにアクセスすることで、ある程度必要十分な情報を得ることができます。

  なお、本指針が公表された後、「オンライン診療における不適切な診療行為の取扱いについて」(厚生労働省、医政医発1226第2号・平成30年12月26日)との通知は発せられています。そこでは、

・ 正当な例外事由なく、初診の患者についてオンライン診療を実施した行為

・ 正当な例外事由なく、直接の対面診療を組み合わせずオンライン診療のみで診療を完結した行為

・ 情報通信手段としてチャット機能のみを用いた診療行為

  等は「医師法20条に抵触する可能性のある不適切なオンライン診療行為」であると示されるなどの注意喚起がなされています。本指針の運用をするに際しては、このような情報を十分に参考にすることが求められます。

 

4 新型コロナウイルス感染症拡大に関連した特例措置について

 このような状況の中、2020(令和2)年には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起こりました。COVID-19は、人と人との物理的な接触により感染するとされていますので、医療機関での感染拡大を防止するためにも、オンライン診療をより活用する機運がさらに高まりました。

  そこで、厚生労働省は「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いについて」(令和2年4月10日事務連絡)と題する通知を発しました。

  概要としては、 

・ オンライン診療により診断や処方が当該医師の責任の下で医学的に可能であると判断した範囲において、初診からオンライン診療によって診断や処方をすることが許容された。

・ なお、その場合、当該医師がオンライン診療により診断や処方を行うことが困難であると判断し、診断や処方を行わなかった場合において、対面診療を促し他の医療機関を紹介するような対応をした場合は、それは「受診勧奨」に該当するものであり、こうした対応は医師法19条(応召義務)に違反するものではない。

・ 当該事務取扱は、COVID-19が拡大し医療機関への受診は困難になりつつある状況下に鑑みた時限的な対応であるから、その期間は感染が収束するまでの間とし、原則として3ヶ月毎に、その事務取扱の運用を検討する。

  というものです。あくまで時限的ですが、初診は対面診療であることを原則としていた従前の運用を大きく緩和したものと評価できます。

  なお、「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いに関するQ&Aについて」(令和2年5月1日事務連絡)も厚生労働省のホームページ内に準備されておりますので、必要に応じて参照をすることが望ましいでしょう。

  また、2020(令和2)年8月には、厚生労働省から「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いに関する留意事項等について」(令和2年8月26日事務連絡)との通知が出されており、そこでは「麻薬及び向精神薬を処方してはならないこと」「診療録等により当該患者の基礎疾患の情報が把握できない場合は、処方日数は7日間を上限とすること」等の事項が指摘されています。本稿執筆時の2021(令和3)年4月時点において、上記以外には新たな通知等は発せられていませんが、COVID-19をめぐる情勢は刻々と変化しますから、今後も行政当局からのアナウンスには十分に留意することが肝要です。

  このように、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、オンライン診療の要件については、緩和、明確化されてきましたが、他方で、オンライン診療普及の課題とされている診療報酬については、対面診療と比べて低く抑えられています。例えば、2020年度診療報酬では、例えば、

・外来:419点(再診料73点、明細書発行体制等加算1点、外来管理加算52点、特定疾患療養管理料225点、処方箋料68点)

・オンライン診療:239点(オンライン診療料71点、処方箋料 68点、特定疾患療養管理料<情報通信機器を用いた場合>100点)

  医療機関としては、診療システムの導入に投資が必要であることに加え、診療報酬が低く抑えられていることが、オンライン診療の普及の妨げとなっています。オンライン診療の更なる普及には、診療報酬格差の是正も必要となってくるでしょう 。

 

5 「オンライン受診勧奨」と「遠隔健康医療相談」との区別 

  さて、今後のCOVID-19の趨勢等にかかわらず、上記2にて紹介しました「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(本指針)が、オンライン診療の実施にかかる最重要のガイドラインになっていることは既述の通りです。もっとも、本指針の対象は、「オンライン受診相談」及び「オンライン受診勧奨」に限定され、例えば「遠隔健康医療相談」等は本指針の対象外となっています。

  この点、「オンライン受診勧奨」とは、「情報通信機器を通じて患者の診察を行い…患者個人の心身の状態に応じた必要な最低限の医学的判断を伴う受診勧奨」と定義され、一方で、「遠隔医療相談」とは、「情報通信機器を活用して得られた情報のやりとりを行い、(回答者が医師の場合は)患者個人の心身に応じた必要な医学的助言を行うが、相談者の個別的な状態を踏まえた診断など具体的な判断は伴わないもの」と定義されています。また、その具体的な内容については、本指針内にて下記の図表②のような具体例が紹介されています。

 

  また、本指針の別添「オンライン診療・オンライン受診勧奨・遠隔健康医療相談で実施可能な行為(対応表)」には以下のような説明(図表③)も記載されています。

 

 このように、特に「オンライン受診勧奨」と「遠隔健康医療相談」の線引きについては、あまり明快ではなく、判断に躊躇する場面が多くありそうです。

  もっとも、「オンライン受診勧奨」は「…患者個人の心身の状態に応じた必要な最低限の医学的判断を伴う」ものとされている一方、「遠隔医療相談」は、「…相談者の個別的な状態を踏まえた診断など具体的な判断は伴わない」とされている点にはやはり着目をするべきで、診断に踏み込む場合であるかどうか、が一つのメルクマールになっているものと思われます。

 


▼ 臨床医の立場から 
 私は、医療現場で診療を行う一方で、行政が行う健康医療相談サービス(救急安心センター事業[#7119]、以下「#7119サービス」といいます。)にも従事しています。
#7119サービスとは、「急なケガや病気をしたとき、救急車を呼んだが方がいいか、今すぐに病院に行った方がいいかなど、判断に迷うことがあると思います。そんなとき、専門家からアドバイスを受けることができる電話相談窓口が救急安心センター事業(♯7119)です。」と総務省消防庁ホームページで説明されているもので、大阪や東京等では、ある程度認知されている行政サービスです。
#7119サービスは、現状、利用者が電話で相談をするものですから、「オンライン受診勧奨」
にも「遠隔医療相談」にも該当しません。ですので、本来は本指針の守備範囲ではないのですが、本稿全体に横たわる問題意識としては、共通のものがあると思われます。もし、この#7119が、情報通信機器を通じて行われているとすれば(オンライン診療は普及すれば、近い未来、そのようになるでしょう)、これはどの類型に分類されるのでしょうか。
上述の通り、#7119サービスは、利用者に対して「今すぐ病院に行ったほうがいいか」どうかをアドバイスするものですから、個別具体的な判断をしていることは間違いないと思います。もっとも、同サービスを提供する側の現場感覚としては、利用者の相談内容を聞いて「診断」をすることはしません(少なくとも私はその前提で同サービスの提供事業に従事しています)。
つまり、これはあくまで「患者個人の心身に応じた必要な医学的助言を行う」にとどまり、「相談者の個別的な状態を踏まえた診断など具体的な判断は伴」っていない建前となり、少なくとも「オンライン受診勧奨」にはあたらないと整理されることになりそうです。
このように、「診療」と「診療周辺のヘルスケアサービス」の境界の線引きは、とてもむずかしいものといえるでしょう。

 

 

6 「遠隔健康医療相談」と医師法17条の抵触問題

  前項で説明した「オンライン受診勧奨」と「遠隔健康医療相談」の区別については、①医師が主体としてサービスを提供する場面では、医師法20条(無診察治療の禁止)との抵触の問題として現れますが(そして、これは本指針の内容を遵守することでクリアできると本稿で説明しました。)、一方で、②非医師が主体としてサービスを提供する場面では、医師法17条(「医師でなければ,医業をなしてはならない。」)との抵触が問題となって現れます。

 特に、医療相談サービス等を提供しようとするスタートアップの皆様がより関心をお持ちにあるのは、こちらの②の方の問題意識かと思われます。

医行為とは何か、どのような行為が医行為にあたるのかという点は、これはこれで議論が活発なところでありますので別稿に譲りますが、前述の図表②や、経済産業省が公表している産業競争力強化法7条に基づく「グレーゾーン解消制度」の申請及び回答結果等を参考にしながら、個別具体的な判断が必要になりますので、注意が必要です。

                            

以上