医行為の該当性判断とスタートアップ

March 25, 2022

執筆者:弁護士 浅川敬太

(目次)

 1 スタートアップと医師法17条「医行為」の該当性

 2 従前の議論状況

 3 最高裁令和2年9月16日判決とその意義

 4 スタートアップがデジタルヘルス関連サービスを扱う際の注意点

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1 スタートアップと医師法17条「医行為」の該当性

 近年、AI・IoT・ICT等を用いたデジタル化の進展に伴い、いわゆるデジタルヘルス領域の技術革新が顕著になっています。

 このようなデジタルヘルス領域の新サービスは、医療機関(病院等)内のシステムや機器等に反映されることが多いですが、最近では、モバイル端末のアプリで用いる商品が開発されるなど、私たち一般的な消費者がダイレクトにサービスを利用する機会も増えてきました。

 これまで、さまざまなスタートアップがユニークな商品を開発しています。ウェアラブル端末のスマートウォッチと連携して利用者の心拍数をモニタリングしたり、女性が自身の月経周期に関する重要な情報を記録して次の月経の時期や妊娠可能期間を予測するサービスなども有名です。

 もっとも、このようなサービスは、一般消費者の健康問題にダイレクトに影響する可能性がありますから、多くの法的問題を抱えています。中でも、「医師でなければ、医業をしてはならない」と定める医師法17条への抵触の有無が問題になるケースには注意が必要です。

  

2 従前の議論状況

 さて、この「医師法17条」との抵触問題については、これまで、さまざまなケースで問題となってきた歴史があります。

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 医師法17条

 「医師でなければ、医業をなしてはならない。」

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 まず、「医業」とは、「医行為を業として行う」(「業として行う」とは、反復継続する意思をもっておこなうこと、をいう。)ことをいいますので、まず「医行為」とは何かということが重要になります。

 そして、この「医行為」の定義については、これまで、裁判例や行政通達等が一定の解釈を示してきました。

  ➢ 「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」

    (医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について(通知):平成17年7月26日、医政発第0726005号)

    (東京高判平成6年11月15日判時1531号143頁)

  ➢ 「一般的に、「診察、検査等により得られた患者の様々な情報を、確立された医学的法則に当てはめ、患者の病状などについて判断する行為」であり、疾患の名称、原因、現在の病状、今後の病状の予測、治療方針等について、主体的に判断を行い、これを伝達する行為は診断とされ、医行為となる。」

    (厚生労働省・オンライン診療の適切な実施に関する指針(平成30年3月))

 もっとも、当該行為が「医行為」に該当するかどうかという問題は、古典的には、主に医療との隣接領域――たとえば、介護施設や福祉施設等――において、当該施設職員が入所者に対してどこまでの行為をできるかという場面で議論とされてきました。

 たとえば、前述の厚生労働省の通知【医師法第17条(…)の解釈について(通知):平成17年7月26日、医政発第0726005号】でも、

  ・ 爪そのものに異常がなく、爪の周囲の皮膚にも化膿や炎症がなく、かつ、糖尿病等の疾患に伴う専門的な管理が必要でない場合に、その爪を爪切りで切ること及び爪ヤスリでやすりがけすること

  ・ 耳垢を除去すること(耳垢塞栓の除去を除く)

 等については、「医行為に該当しない」と示していますが、これらの項目は、いずれもそのような隣接領域における行為を対象としていることが見て取れます。

 いずれにせよ、対象となる行為が「医行為」に該当するかどうかについては、上記の判断基準に該当するかどうかを検討して、都度、個別具体的に判断がなされてきたということになります。

 しかしながら、上記1でも摘示したように、近時では、デジタルヘルス領域の新サービスが、続々と一般消費者の身の回りに出現している状況です。いわゆるスタートアップの新商品についての「医行為該当性の判断」が、これまでの古典的な議論の延長の上にあるべきかどうかという点を含め、これまで以上に「医行為該当性」についての判断が困難になってきています。

 

3 最高裁令和2年9月16日判決の出現とその意義

 このような中、最高裁判決令和2年9月16日(以下「本件判例」といいます。)が出されました。

 この事案は、医師でない者がタトゥー施術を行っていたことが医師法17条に違反するとして起訴されたという刑事事件です。ですので、本稿で問題意識を示すデジタルへルス関連のサービスの医行為該当性が問題になった事件ではありませんでしたが、それでも、本件判例では、「医行為該当性」の予想可能性を高めるような解釈が示されました。

 本件判例では、医行為を「医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と定義しました。

 つまり、①「医療及び保健指導に属する行為のうち」という要素と②「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」という要素から成るということですが、このうち②の要素は、前述の「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と同義ですので、今回新たに①の要素の絞りが付加されたということになります。

 その上で、本件判例は、「ある行為が医行為に当たるか否かについては、当該行為の方法や作用のみならず、その目的、行為者と相手方との関係、当該行為が行われる際の具体的な状況、実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で、社会通念に照らして判断するのが相当である。」とも示しました。

 本件判例の登場で、「医行為該当性」の判断については、より実質的な検討ができるようになりました。

 もっとも、その判断方法の本質は「複数のパラメータを総合考慮して社会通念に照らして判断せよ」というものですから、具体的な結論・判断についての予測可能性高まったとの評価をすることは、やや行き過ぎた評価なのかもしれません。

 

4 スタートアップがデジタルヘルス関連サービスを扱う際の注意点

 デジタルヘルス領域でサービス開発を行うスタートアップが、医師法17条との抵触問題を検討する際に必要な注意点は、大きくは次の2点になります。

 第1に、「常に社会情勢を的確にキャッチアップすること」が大切です。本件判例でも、

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「ある行為が医行為に当たるか否かについては、当該行為の方法や作用のみならず、その目的、行為者と相手方との関係、当該行為が行われる際の具体的な状況、実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で、社会通念に照らして判断するのが相当である。」

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  たとえば、太字の部分については、固定化されたものではなく、時代の変遷とともに刻々と変化するものです。ある時点では、社会からAという受け止め方をされていたが、数年後にはBという受け止め方をされるということも、よくあることでしょう。

 たとえば、あるスタートアップから「健康相談アプリ」がリリースされる場面を想定します。

 ある時点では、そのようなサービスは先駆的であって、従来の「健康問題とは、病院において、医師との対面の診察行為によって手当てするもの」という風潮によって、社会全体から懐疑的・否定的に見られることがあるかもしれません。

 しかし、数年後には、例えば医師からも当該アプリの利用をすすめられたり、それを上手に使った健康管理を治療の一環に組み込まれるようになるなどして、結果として社会全体が当該サービスを許容・推進する雰囲気に一変するようなことも十分に想定できるでしょう。

 特に、若い世代では、デジタル領域にかかるリテラシーは急速に進歩をしていますし、「社会の受け止め方」というパラメータは、こまめにキャッチアップすることが必要です。 

 第2に、「的確に当該行為の危険性を見積もること」が重要です。

 これまで述べてきたとおり、「医行為該当性」の判断の中核は「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」かどうかという点です。

 ですから、その「危険性」にフォーカスし、それに十分に手当がなされたサービスの提供・開発等が大切になることは変わりません。

 たとえば、先の「健康相談アプリ」の例で、利用者が、当該アプリに自分の症状を打ち込んだところ、「風邪の可能性があるかもしれません」とアナウンスされたので、「アプリも風邪といっているし、もう少し症状が悪化してから受診しよう」と自己判断して、その日は自宅で安静にすることを選択したということがあったとしましょう。

 ところが、当該利用者は、実はコントロール不良の糖尿病の基礎疾患を有する人で、受診を控えた当日に急激に病状が悪化し、当日救急搬送されてICUに入院したという結果になったとします。

 この場合、結果として「健康相談アプリを利用したところ、不適切な受診の差し控えを誘発し、健康被害を拡大させた」ということになります。

 これが、医行為該当性の議論となるのか医療機器該当性の議論となるかは措きますが、いずれにしても、デジタルヘルス領域のサービスと医行為該当性の論点において最も慎重に検討するべき事項は、「当該行為の危険性をどこまで見積もれるか」という点です。

 上の例では、「医療機関への受診差し控え」が「健康被害」に直結するシーンを示しましたが、このような判断は、医行為の危険性を熟知する専門家(おもに診療に従事する医師等)の関与なくしては困難です。

 私自身も、この種のサービスの適法性に関するご相談を受けた際には、悩ましい判断になることも多いですが、現役の医師でもある弁護士として、医師として培った知見・経験もフル活用してベストと思えるご回答をするように努めています。

  デジタルヘルス領域でサービス開発を行うスタートアップに限らず、企業にとっては、自社の商品(サービス)が法令に抵触しないかどうかは大きな関心事です。サービスのリリース直前になって法令抵触の疑義が明らかになったとすれば、それこそ一大事ですから、サービス開発の初期段階から適切なリーガルチェックが入っていることが望まれます。

 特に「医行為該当性」の抵触が問題となるサービスの開発を検討しているスタートアップにとっては、「当該サービスの(保健衛生上の)危険性」の有無および程度を把握することが肝要ですから、企画・立案の段階から、できる限り、医療の知識のある法律家のアドバイスを受けることが必要と思われます。

                                                     以上