電子カルテをめぐる法的規制について(1)

May 17, 2022

執筆者:弁護士 浅川敬太

 

(目次)

1.カルテの電子化の要請

2.「カルテ」の意義と法的位置づけ

3.カルテの電子保存が認められるための要件

4.おわりに

  

―――

 

1.カルテの電子化の要請

 近年、AI・IoT・ICT等を用いたデジタル化の進展に伴い、いわゆるデジタルヘルス領域の技術革新が顕著になっています。このような医療DXの流れは、既存の医療の在り方を大きく変化させるものとして注目されていますが、カルテの電子化は、その前提となるものであり、医療DXとの関連で必須不可欠なものとして位置づけられています。

 日本でも2000年頃から、電子カルテが登場しました。

 電子カルテは、それまでの紙カルテとは違って、患者に関する治療の情報を一元的に管理でき、また、その情報に対して複数人が同時にアクセスすることができるため、医療現場の医師や看護師らからはおおむね好意的に受け入れられました。また、処方箋やレセプト作成とも連動することで事務作業の時間を大幅に縮減することも可能にしたため、医療現場における作業効率を飛躍的に改善させました。

 導入コストの問題がありますが、現在では、ある程度の規模の医療機関(病院等)では、概ね電子カルテが導入されていると言っても過言ではないでしょう。

 

2.「カルテ」の意義と法的位置づけ

 そもそも「カルテ」という言葉は多義的で、その意味するところには幅があります。

 狭義には、医師法24条において医師に作成が義務づけられている「診療録」を指しますが、広義には、医師以外の医療関係者が作成を義務づけられている記録[ⅰ]や、医療法21条1項・医療法施行規則20条10号等において作成が義務づけられている「診療に関する諸記録」(過去2年間の病院日誌、各科診療日誌、処方せん、手術記録、看護記録、検査所見記録、エックス線写真、入院患者及び外来患者の数を明らかにする帳簿並びに入院診療計画書)を含み、これらが上記の「診療録」と一緒に編綴されひとつの記録として保存されたもの全体を指す場合もあります。

 なお、前記の医師法上の「診療録」は5年間、医療法上の「診療に関する諸記録」は2年間、それぞれ保管をする義務があります。実際の運用上は、5年間の保管期間にあわせて、保存しておくことがよいとされています。

※ⅰ 保健師助産師看護師看護師法42条に規定される「助産録」、薬剤師法28条に規定される「調剤記録」等

 

3.カルテの電子保存が認められるための要件

 「カルテ」の作成や保存は、医師法をはじめとする法令による要請であるため、電子カルテが、それまでの紙カルテに代替することで当該関係法令の要請と抵触しないかが法律上の問題とされていました。

 これを受けて、政府は、各種法令(e-文書法(電子文書法)[ii]、e-文書省令等)や通達、ガイドライン等の整備を順次進めていき、結果としては、一定の要件を満たせば、医師法等の要請と抵触しないことを明らかにしました。

 この要件を検討するにあたっては、厚生労働省が公表している医療情報システムの安全管理に関するガイドライン(以下「本ガイドライン」といいます。)を参照することが、重要かつ有益です。

 なお、本ガイドラインは、電子的な医療情報の取り扱いに関して、医療機関向けに、その技術的及び運用管理上の考え方を示したもので、本稿執筆時点はVer5.1まで改訂を重ねています。

さて、本ガイドラインの第7章では、

――――――

 法的に保存義務のある文書等を電子的に保存するためには、日常の診療や監査等において、電子化した文書を支障なく取り扱えることが当然担保されなければならないことに加え、その内容の正確さについても訴訟等における証拠能力を有する程度のレベルを担保することが要求される。

 誤った診療情報は、患者の生死に関わることであるので、電子化した診療情報の正確さの確保には最大限の努力が必要である。また、診療に係る文書等の保存期間について各種の法令に規定されているため、所定の期間において安全に保存されていなくてはならない。 (太字は当職)

――――――

と述べたうえで、

――――――

 ① 真正性 ② 見読性 ③ 保存性

――――――

の3点が確保されなければならないと述べています。

 ⑴ 真正性

まず、真正性の確保については、本ガイドラインでは、

――――――

 電磁的記録に記録された事項について、保存すべき期間中における当該事項の改変又は消去の事実の有無及びその内容を確認することができる措置を講じ、かつ、当該電磁的記録の作成に係る責任の所在を明らかにしていること。

  (ア)  故意または過失による虚偽入力、書換え、消去及び混同を防止すること。

  (イ)  作成の責任の所在を明確にすること。

――――――

と記載されています。

 昨今の電子カルテでは、その記載内容を修正した場合、かならず「修正履歴」が記録される仕組みになっています(修正履歴内容が常に画面に表示されているわけではなく、見やすさ・情報把握のしやすさの観点から、修正後の記載内容のみが表示されていることが通常ですが、それでも、修正履歴内容は、ビハインドでは記録されている仕組みとなっています。)。

 また、近年は、医療従事者の働き方改革とも関連して、医師のタスクシフティングの観点が重視され、医師事務作業補助者がカルテ記載をする場面も多くみられるようになりましたが、他方で、カルテは、医師法上、医師により内容が確定されることが求められるところ、その場合には、「入力者」(=作業補助者)と「確定者」(=医師)を峻別する必要がありますが、市場で流通する電子カルテは、いずれも、それに対応する仕様となっています。

 これらは、いずれも、「真正性の確保」の要請によるものです。

 ⑵ 見読性

  これについては、

――――――

 必要に応じ電磁的記録に記録された事項を出力することにより、直ちに明瞭かつ整然とした形式で使用に係る電子計算機その他の機器に表示し、及び書面を作成できるようにすること。

  (ア)  情報の内容を必要に応じて肉眼で見読可能な状態に容易にできること。

  (イ)  情報の内容を必要に応じて直ちに書面に表示できること。

――――――

と定められています。

 見読性とは、電子媒体に保存された内容を、「診療」、「患者への説明」、「監査」、「訴訟」等の要求に応じて、それぞれの目的に対し支障のない応答時間や操作方法等で、肉眼で見読可能な状態にできることをいいますが、これも、適時・正確な情報の取得に障害があると、当該患者の診療行為に悪影響が生じうるという点が念頭におかれています。

 ⑶ 保存性

 最後に、保存性については、

――――――

 電磁的記録に記録された事項について、保存すべき期間中において復元可能な状態で保存することができる措置を講じていること。

――――――

と定められています。

 これについては、コンピュータウイルス対策をはじめとする主に技術面の手当てが必要になります。 

 

 以上の3つの要件を満たしてはじめて、カルテの電子保存が認められることになります。

 また、厚生労働者は、本ガイドラインの他にも、『医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第5.1版』に関するQ&A(令和3年1月)も公表しており、大変有用です。

※ⅱ「e-文書法」(=電子文書法)とは通称で、正確には「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」と「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」の2つの法律(2005年4月施行)から構成されるものです。

 

4.おわりに

 電子カルテが、医師法等において作成保存を義務付けられている診療録等に該当するための要件について、簡単に説明しました。

 もっとも、電子カルテを開発・導入する際には、上記の点のみならず、個人情報保護の観点からの要請にも対応する必要があります。これについては、厚生労働省より「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」という文書が公表されておりますので、これについても参考にして、患者の医療情報を適切に管理保護する仕組みを構築する必要があります。

 この点に関しては、別稿にて、改めて説明をさせていただきたいと思います。

以上