執筆者:弁護士 江上 裕騎
(目次)
1 はじめに
2 消費者契約法が適用される契約
3 取り消し対象となる行為
4 無効となる条項
5 終わりに
1 はじめに
BtoCの取引を行うスタートアップは、消費者との契約において、消費者契約法の適用を受けます。
消費者契約法では、一定の要件を満たす場合に、消費者が契約を取り消すことが認められており、また、消費者に不利な一定の条項を無効とすることも定められています。
BtoCの取引を行うスタートアップとしては、このような消費者契約法の適用を意識しておかないと、契約の取消しや無効により、思わぬ打撃を受ける可能性がありますので、注意が必要です。
以下、消費者契約法の規定の概要をご紹介します。
2 消費者契約法が適用される契約
消費者契約法は「消費者」と「事業者」との間の契約において適用される法律です。
消費者契約法では、「消費者」とは、「個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)」と定義されています。
したがって、個人であっても、事業として又は事業のために契約の当事者となっている人は、消費者契約法における「消費者」には該当しません。
たとえば、ビジネスマッチングサイトを開設するスタートアップが、当該サイトを利用して自分の事業に繋げようとする個人とサイトの利用契約を締結したとします。この場合、当該サイト利用者は、自分の「事業のために」契約をしていますので、個人であっても、消費者契約法における「消費者」にはあたりませんので、消費者契約法の適用はありません。
他方、事業を営んでいる個人であっても、事業とは関係なく商品やサービスを購入する場合には、上記のようなケースとは異なり、消費者契約法上の「消費者」に該当することになります。
以上のことから、商品・サービスの内容からして、事業を営んでいない一般の個人と取引することが広く想定される企業の場合には、取引の際に広く消費者契約法の適用を受けるという前提で、契約の取り消しや条項の無効の対象とならないように、注意する必要があります。
なお、消費者契約法では、「事業者」とは、「法人その他の団体」及び「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」を指すとされています。したがって、法人(会社)になっていない個人事業主でも、事業として又は事業のために契約を締結する場合には、消費者契約法上、「事業者」に該当します。
3 取り消し対象となる行為
⑴ 誤認による意思表示類型
①不実告知
事業者が、勧誘の際に、「重要事項」について事実と異なることを告げた場合に、消費者が、その告げられた内容が事実であると誤認して契約したときは、消費者はその契約を取り消すことができます。
例えば、ビジネスマッチングアプリにおいて、マッチング数の実績を水増しして消費者に告げた場合には、これに該当する可能性があります。
なお、「重要事項」とは、消費者が契約を締結するか否かの判断に通常影響を及ぼすものや、消費者の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要と判断される事情がこれに該当するとされています。
②断定的判断の提供
商品やサービスに関し、将来における変動が不確実な事項について、断定的な判断を提供した場合に、消費者がその断定的な判断の内容が確実であると誤認して契約したときは、消費者はその契約を取り消すことができます。
「この商品は近いうちに確実に市場価値が値上がりするので、今買っておけばお得です!」というような勧誘を行って、消費者に誤認させた場合が該当します。
③不利益事実の不告知
重要事項又は重要事項に関する事項について、消費者の利益となる事実は告げていながら、消費者の不利益となる事実については、その不利益事実を知っていながら告げなかった場合、または、重大な過失によって告げなかった場合、それによって、消費者が不利益となる事実が存在しないと誤信して契約を締結したときは、消費者は、その契約を取り消すことができます。
マンションの眺望の良さをアピールしながら、その眺望を遮る建物が建つ計画があることを知っていたにもかかわらず、これを知らせなかったような場合が該当します。
⑵ 困惑による意思表示類型
以上のほか、事業者の以下のような行為により、困惑し、それによって消費者が締結した契約についても、消費者からの取消の対象となります。
④不退去
消費者が退去を求めたのに、事業者が退去しないこと。
⑤退去の妨害
消費者が勧誘されている場所から退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から消費者を退去させないこと。
⑥社会生活上の経験不足に乗じて不安をあおる行為
当該消費者の社会生活上の経験が不足しているために、進学・就職・結婚、容姿・体型等の願望について、過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、根拠がないのに、商品やサービスがその願望を実現するのに必要であると告げること。
⑦恋愛感情その他の好意に乗じた不当勧誘
いわゆるデート商法といわれる勧誘方法等。
⑧高齢等による判断能力の低下に乗じて不安をあおる行為
事業者が、消費者が加齢や心身の故障により判断力が著しく低下しているために、現在の生活の維持に過大な不安を抱いていることを知りながら、不安をあおり、契約が必要であると告げること。
⑨霊感商法等
⑩契約締結前に契約内容の一部または全部を実施して、実施前の状態への回復を著しく困難にする行為。
⑪契約締結前に、契約締結を目指した事業活動を実施し、これにより生じた損失の補償を請求する旨告げる行為。
以上のような行為は、経営者が指示していなくても、従業員が売上を上げるためにやってしまう可能性のある勧誘行為ですので、ご注意いただきたいと思います。
⑶ その他
⑫過量契約
事業者が、消費者にとって著しく過量(分量、回数、期間が多いこと)な商品・サービスであることを知りながら勧誘した場合、その勧誘により契約を締結した消費者は、契約を取り消すことができます。
4 無効となる条項
⑴ 総論
消費者契約法には、以下のとおり、消費者と事業者との間の契約について、特定の条項を無効とする旨規定されています。
なお、無効となるのは、契約全体ではなく、消費者契約法に違反する特定の契約条項のみとなるのがポイントです。
無効となってしまう契約条項が有効であることを前提として商品やサービスを提供していた事業者は、契約は存続して商品やサービスの提供はしなければならないものの、特定の条項だけが無効となってしまい、予定していた利益が得られないという状況が生じることもあり得ます。
⑵ 各論
以下のような契約条項は、消費者契約においては、無効となります。
ア 事業者は消費者に損害賠償責任を負わないとする旨の条項等
事業者の損害賠償責任を全部免除する旨の条項や、事業者に故意または重大な過失がある場合でも損害賠償責任の一部を免除する旨の条項等は、無効となります。
イ 解除権放棄等の条項
事業者が商品・サービスを提供しない等、事業者に債務不履行があった場合に消費者に生じる解除権を放棄させる条項や、消費者の解除権の有無を決定する権限を事業者に与える条項は、消費者に一方的に不利で不当であるため、無効となります。
ウ 後見開始の審判等を理由として事業者に解除権を与える条項
加齢等により、判断能力(事理弁識能力)が落ちたことから、消費者が、後見、保佐、補助といった家庭裁判所の審判を受けた場合に、そのことだけを理由として、事業者が一方的に契約を解除できる旨の条項は無効となります。
エ 平均的な損害額を超えるキャンセル料を予定する条項
実務上、問題となることが多い条項です。
継続的にサービスを提供することを予定した契約において、消費者から中途解約された場合に備えて損害賠償額の予定や違約金を定めることがあります。
しかし、中途解約によって事業者に生ずべき平均的な損害額を超える金額の損害賠償額や違約金を定めている条項は、平均的な損害の額を超える部分が無効となります。
この平均的な損害の額は、それぞれの事業者ごとに、契約の類型等から合理的な算出根拠に基づいて算出された金額となります。
消費者から、中途解約の場合の違約金等の金額について争われ、万一、訴訟等で平均的な損害を超える金額が定められていると判断された場合には、無効とされた部分を消費者に返還する必要があります。その場合、同じ条項に基づいて違約金を支払った他の消費者からも返金を求められるでしょう。
消費者から見て過大と思われるような違約金を定めると、消費者から無効を主張され、法的紛争に発展した結果、他の消費者にも返金しなければならなくなる事態も予想されますので、中途解約された場合に実際に会社に生じる損害の額に見合った違約金等を設定することが望ましいでしょう。
オ 消費者の利益を一方的に害する条項
これまで紹介した個別の条項に該当しなくとも、①民法等の規定と比べて消費者に不利な条項であって、②民法1条2項に定められている「信義則」という基本原則(権利の行使や義務の履行は、信義に従って誠実に行わなければならないという原則)に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とされます。
信義則に反するかという判断は、専門家でも評価が分かれ得るもので、判断が難しいところです。
事業者としては、消費者に一方的に不利な規定は無効となるおそれがある、ということを理解していただいた上で、消費者に不利と思われる規定を定めようとする場合には、弁護士等の専門家に有効性を確認するという意識を持っていただくことが重要です。
5 終わりに
以上のとおり、消費者契約法が適用される契約においては、消費者を保護するため、契約の取り消しや契約条項の無効が定められています。
事業者としては、消費者契約法による取消の対象とならないように、勧誘の方法に気を付ける必要があります。
また、消費者との間で多数の取引を行う事業において、定型の契約書や約款の条項に無効な条項が混じっていた場合、多数の消費者と契約した後にその条項が無効となると、大きな混乱が生じてしまうリスクがあります。また、消費者から訴訟を提起される等により、予想外の損害を被る可能性もあります。
消費者との取引で一般的に使用する定型の契約書や約款が消費者契約法に違反していないかは極めて重要です。そのような契約書等を作成する場合には、弁護士に確認を依頼することで、リスクに備えることをお勧めします。
以上