執筆者:弁護士 石田真由美
(目次)
1.フリーランス保護法の概要
2.フリーランス保護法の対象となる当事者・取引の定義
3.フリーランスに係る取引の適正化
4.フリーランスの就業環境の整備
5.フリーランス保護法に違反した場合
6.まとめ
―――
1.フリーランス保護法の概要
(1)リソースの限られたスタートアップ企業にとって、正社員だけでなくフリーランスを活用することは事業活動を柔軟に進めるために重要な選択肢の一つであり、実際にフリーランスに業務を依頼しているスタートアップ企業も多いと思います。
そのようなフリーランスに関する法令として、フリーランス保護法(正式名称は、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」といいます。)が2023年4月28日に成立し、同年5月12日に公布されました。今後、同法は来年2024年11月頃までには施行される予定です(法附則1項)。
施行に向けて、これから法律を具体化する政令や、公正取引委員会規則、厚生労働省令、各種指針等が制定される予定となっており、今後も注目する必要がありますが、本記事では、掲載時点(2023年11月13日時点)の情報をもとに、フリーランス保護法についてご紹介します。
(2)フリーランス保護法の目的は、「働き方の多様化の進展に鑑み、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事することができる環境を整備するため、特定受託事業者に業務委託をする事業者について、特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示を義務付ける等の措置を講ずることにより、特定受託事業者に係る取引の適正化及び特定受託業務従事者の就業環境の整備を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与すること」とされます(同法第1条)。
発注者と業務委託を受けるフリーランスとの間において、「一方的に発注が取り消された」「発注事業者からの報酬が支払期日までに支払われなかった」「発注事業者からハラスメントを受けた」などの取引上のトラブルが生じている実態を踏まえて、こうした状況を改善し、フリーランスが安定的に働くことができる環境を整備するためのものです。
(厚生労働省「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)Q&A」
以下、「本件Q&A」という。)
(3)フリーランス保護法については、厚生労働省のHP上において「フリーランスとして業務を行う方・フリーランスの方に業務を委託する事業者の方等へ」と題し、法律の概要や法律の内容、説明資料、周知のためのリーフレット等、Q&A、フリーランス保護法の内容等を説明する広報動画が公開されていますので、ご参照ください。
(4)従業員を使用して業務を行っているスタートアップのうち、フリーランスに対して業務の一部を委託するなどしている場合には、フリーランス保護法の適用対象となり、同法を守ることが必要になりますので、同法の内容を踏まえ、自社の現在の対応に問題がないか、今後どのようにフリーランスの就業環境の整備に対応していくか、等についてご検討いただく必要があります。
2.フリーランス保護法の対象となる当事者・取引の定義
(1)フリーランス保護法にいう「特定受託事業者」とは、次の①②のいずれかに該当するものをいいます(以下、同法の適用対象となる特定受託事業者を分かりやすさの観点から「フリーランス」と記載します。)。
① 業務委託の相手方である「事業者」の個人であって、「従業員」を使用しないもの(法2条1項1号)
② 業務委託の相手方である「事業者」の法人であって、1名の代表者以外に役員がおらず、かつ、「従業員」を使用しないもの(法2条1項2号)
この定義を踏まえると、フリーランスが「従業員」を使用していれば、フリーランス保護法の適用対象となるフリーランスに該当しないことになります。
「従業員」には、短時間・短期間等の一時的に雇用される者は含まれないと整理されています。
注目すべきは、上記②の定義であり、「法人」の形式をとっていても、「特定受託事業者」(フリーランス)に該当する可能性があるということであり、代表者1名しかいない法人である場合は、「特定受託事業者」(フリーランス)に該当します。
このため、スタートアップとしても、取引相手が「法人」(会社)形態だから、フリーランス保護法の適用対象外だと決めつけないように注意が必要であり、例えば、法人の構成メンバーについて確認する必要があると思います。
(2)フリーランス保護法の適用対象となる委託側の「特定業務委託事業者」とは、業務委託事業者であって、次の①②のいずれかに該当するものをいいます(以下、同法の適用対象となる特定業務委託事業者を分かりやすさの観点から「発注者」と記載します。)。
① 個人であって、従業員を使用するもの(法2条6項1号)
② 法人であって、二以上の役員があり、又は従業員を使用するもの(法2条6項2号)
この定義を踏まえると、大企業、中小企業、従業員を使用する個人事業主が広く該当することになり、従業員を使用するスタートアップも同法の適用を受けることになります。
(3)フリーランス保護法にいう「業務委託」とは、広く役務提供の委託を含む(法2条3項2号)とされており、あらゆる業種が適用対象になるとされています。
このため、例えば、ライター、WEB制作関係、システム開発など、事業規模にかかわらず、フリーランス保護法の適用を受けますので、速やかに対応を始める必要があります。
3.フリーランスに係る取引の適正化
フリーランス保護法により、フリーランスとの取引の適正化のために、委託者が取引にあたって守らなければならない事項が定められました。その内容は、以下の①~③のとおりです。
① フリーランスの給付の内容その他の事項の明示等(法3条)
発注者は、フリーランスに対して業務委託をした場合は、直ちに、下記の項を、書面又は電磁的方法(電子メール、SNSなど。具体的に許容される電磁的方法の具体的な要件は公正取引委員会規則で定めることとされています。)により明示しなければならない(法3条1項)
【明示しなければならない事項】
・給付の内容(フリーランスの業務の内容)
・報酬の額
・支払期日
・公正取引委員会規則が定めるその他の事項(受託委託者の名称、業務委託をした日、給付の提供場所、給付の期日などが想定されています。)
【明示の中身】
フリーランスが作成提供すべき成果物の内容、仕様をフリーランスが正確に把握できる程度に具体的に明示する必要がある。
【明示の方法】
書面または電磁的方法によって明示する。
上記を踏まえ、スタートアップにおいては、フリーランスとの契約に用いる契約書や書式について、上記明示しなければならない事項が網羅されているか、チェックする必要があり、不備がある場合には整える必要があります。
② 報酬の支払い期日等について(法4条)
発注者は、検査をするかどうかに関わらず、発注した物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で、報酬の支払期日を定めてそれまでにフリーランスに対して報酬を支払わなければならない(法4条1項・5項)とされました。
再委託の場合には、発注元から支払いを受ける期日から30日以内にフリーランスに対して報酬を支払う必要があります。
なお、支払期限を定めなかった場合などには、次のように支払期日が法定されています(法4条2項)。
・当事者間で支払期日を定めなかったとき…物品等を実際に受領した日
・物品等を受領した日から起算して60日を超えて定めたとき…受領した日から起算して60日を経過した日の前日
③ 発注者の遵守事項(法5条)
政令で定める期間(※1)以上の業務委託については、以下の適用があります。
・フリーランスの責めに帰すべき事由なく受領を拒否すること(同条1項1号)
・フリーランスの責めに帰すべき事由なく報酬を減額すること(同条1項2号)
・フリーランスの責めに帰すべき事由なく返品を行うこと(同条1項3号)
・通常相場に比べ著しく低い報酬の額を不当に定めること(同条1項4号)
・正当な理由なく自己の指定する物の購入・役務の利用を強制すること(同条1項5号)
・自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること(同条2項1号)
・フリーランスの責めに帰すべき事由なく内容を変更させ、又はやり直させること(同条2項2号)
(※1)政令で定める期間とは、今後、関係者の意見をよく確認しながら、フリーランス取引の実態に即した期間の設定を検討していくこととされています。
4.フリーランスの就業環境の整備
フリーランス保護法において、フリーランスの就業環境の整備のために、発注者において、下記のような就業環境の整備をすることが求められています。
① 募集情報の的確な表示(法12条)
広告等により募集情報(業務の内容、委託者の情報に関する事項、報酬に関する事項、給付の場所や期間・時期に関する事項などが想定されています)を提供するときは、虚偽の表示等をしてはならず、正確かつ最新の内容に保たれなければならない、とされました。
② 出産・育児・介護への配慮(法13条)
フリーランスが育児介護等と両立して業務委託(政令で定める期間以上のもの)に係る業務を行えるよう、申出に応じて必要な配慮をしなければならない、とされました。
なお、「申出に応じて」とされており、発注者が取引を行う全てのフリーランスの育児介護等の事由を予め把握して配慮することまでが求められるものではありません。
必要な配慮の例としては、「フリーランスが妊婦健診を受診するための時間を確保できるようにしたり、就業時間を短縮したりする」「育児や介護等と両立可能な就業日・時間としたり、オンラインで業務を行うことができるようにしたりする」対応が想定されると紹介されています(本件Q&A)。
配慮の考え方や対応の具体例については、関係者の意見を聴きつつ、取引の実態を踏まえながら、今後、法15条に基づき厚生労働大臣が定める指針において明確化がなされる予定です。
③ ハラスメント対策などの就業環境整備(法14条)
フリーランスに対するハラスメント行為に係る相談対応等必要な体制整備等の措置を講じなければならない、とされました。
ハラスメント対策のための措置の具体的な内容は、
・ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化、従業員に対する方針の周知・啓発すること(対応例:社内報の配布、従業員に対する研修の実施)
・ハラスメントを受けた者からの相談に適切に対応するために必要な体制の整備(対応例:相談担当者を定める、外部機関に相談対応を委託する)
・ハラスメントが発生した場合の事後の迅速かつ適切な対応(対応例:事後の事実関係の把握、被害者に対する配慮措置)
などが例として挙げられていますが、これらについても、今後、法15条に基づき厚生労働大臣が定める指針において明確化がなされる予定です(本件Q&A)。
④ 解除等の予告(法16条)
継続的業務委託を中途解除する場合等には、原則として、中途解除日等の30日前までにフリーランスに対し予告しなければならない、とされました。
また、予告の日から契約満了までの間に、フリーランスが契約の中途解除や不更新の理由の開示を請求した場合には、発注者はこれを開示しなければならない(法16条2項)とされています。
ただし、理由を開示することにより第三者の利益を害するおそれがある場合など、厚生労働省令で定める場合は理由の開示を要しないとされています。
5.フリーランス保護法に違反した場合
フリーランス保護法についての違反があった場合には、フリーランスは行政機関に申告を行うことができ、行政機関は、助言指導等の措置、勧告を経て、勧告に従う旨の命令をすることができるとされています。
具体的には、公正取引委員会、中小企業庁長官又は厚生労働大臣は、特定業務委託事業者等に対し、違反行為について助言、指導、報告徴収・立入検査、勧告、公表、命令をすることができるものとされました(法8条、9条、11条、18条~20条、22条)。
そして、命令違反及び検査拒否等に対しては、50万円以下の罰金に処せられ、法人両罰規定もあります(法24条、25条)。
また、フリーランス保護法においては、国も、フリーランスに係る取引の適正化及びフリーランスの就業環境の整備に資するよう、相談対応などの必要な体制の整備等の措置を講ずるものとする(法21条)とされています。
これら制裁の定めがどこまで機能するのか、という問題意識もありますが、制裁に関わらず、企業としてのコンプライアンス、ビジネスパートナーとして互いに協力しあい共に発展するという観点からすれば、フリーランス保護法への違反やトラブルは避けなければなりません。
6.まとめ
フリーランスを継続的に事業活動において使っているスタートアップにおいては、ビジネスパートナーであるフリーランスと中長期的にお互いが発展していくためにも、フリーランス保護法を遵守することが必要と考えます。
上記でご紹介したとおり、今後も、フリーランス保護法の施行に向けて、情報が適宜アップデートされる予定ですので、引き続き、その動向に注意が必要です。
以上